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伝えるココロ

2004年06月03日

ニュース特集:佐世保女児死亡」(アサヒ・コム

こういう事件が起こると,いわゆる「ご時世」の出来事として一般化できるのか,それともあくまで例外的な事故なのか,というところから悩んでしまいます。ここら辺で下手を打つと,「今時の小学生はネットに耽って人まで殺す」みたいな短絡的な話になりそうなもんで……。

ともあれ,今度の事件は,ネットでの意思疎通がうまくいかなかったのが直接の原因になっているようです。この年頃は難しいようなので,加害者の内面について無責任なことは言えませんけれど,同様のトラブルというのは,オトナの世界でも少なからずあるんじゃないでしょうか。

人にモノを伝えるということは,本当に難しいと思います。

考えてみると,このページはもちろん,ウェブ上の資源は専ら文章として存在しています。つまり,ウェブ上の資源は「書き言葉」が主流なわけで,「話し言葉風」に書いた言葉も「書き言葉」として受け取られることを前提にしなければなりません(注:ここで「書き言葉」というのは「書かれた言葉」という程度の意味)。

書き言葉の難しいところは,読む相手の受け取り方に幅がありすぎることです。例えば,

太郎って顔はイマイチだけどいいやつだよ。二枚目にロクなのはいないって言うけど,ありゃほんとだね。

と書いたとき,「イマイチ」と「いいやつ」のどっちに重きを置くかで,がらっと文の印象が変わってしまいます(極端な例ですけど)。この場合,「太郎は性格以外に取り柄がない」と読むか,「太郎は本当にいいやつだ」と読むか,解釈が読み手の精神状態にかかってしまいます。

もちろん,こういった齟齬は話し言葉にもあるけれど,仕草や語調でその程度を小さくすることができるし,別の言葉ですぐに補うこともできます。書き言葉の場合,書いてしまったらそれまでで,一旦齟齬が生じてしまうと,これを書き言葉で補うことはとても難しいようです。

そんなわけで,自分の場合,モノを書くときは,なるべく読み手に判断の余地を与えないように心がけているつもりです。このサイト然り,ケータイメール然り。それでも,私の文章を誤解して読んでいる人はいるんでしょうね。あ,もちろん,読者がいけないんじゃなくて,あたしの文章が拙いのがいけないんですけど……(心がけてもこの程度の文章……)。

今度の事件が,そういった些細な食い違いで起きたのかは分かりません。現実世界でも面と向かっていた者同士ですしね。もしかしたら,現実世界でも表に出ないトラブルがあって,チャットで「なれなれしい口をきいた」ことは,きっかけに過ぎなかったのかもしれません。

けれど,不十分なコミュニケーションを巡るトラブルというのは,もっと一般的にもっと根深く横たわっているように思います。事件を受けて,チャットのマナーや刃物の管理を徹底することは悪くないと思いますけど,自分の言いたいことを人に伝えたり,他人の言いたいことを読み(聞き)取れるように訓練することが,さらに大きな課題として残されているように思います。結局,こういったことは,相手を自分と同様に尊重しないとできないことだったりしますしね……。

すこぶる抽象的な結論で,現場で動いている方には「じゃあどうすりゃええんじゃ!」的な話になっちゃったけど,ともかくそんな感じです。

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