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蝉々の幸福

2004年08月10日

この頃多いんです。蝉地雷。

足下のおぼつかない夜道を歩いていると,かなりの頻度で遭遇します。蝉地雷は,踏んだときはもちろん,近くを歩くだけでも被害を被ります。落ち蝉がけたたましく鳴いて,もがくんです。毎年のことながら,あの痛々しさには切なくなってしまいます。

この頃,ダイエットの一環として近所を歩いているんですけど(走るのは続かないので,距離を歩くことにしたのです),蝉地雷にかかるとペースが大幅に狂います。コケそうになることもあったりして……。けたたましく鳴くその声に,

なにさらすんじゃ,われぇっ!!

って言葉が聞こえてきそうな勢い。その勢いに比べてあまりにも無力な有様に,なお切なさがつのります。かといって,蝉地雷におののきつつ慎重に歩いてしまったらウォーキングにならないわけで,悩ましいところです。

蝉はもともと飛行能力に乏しいらしくて,トンボや蝶のように優雅に飛ぶことができません。「飛び回る」というよりは,木から木へ「飛び移る」という感じでしょうか。たしか,ゴキブリは壁から飛ぶことはできても,地面から飛ぶことはできなかったと思うけど,蝉もそれと同じなのかもしれません。

ゴキブリは,地上でその小賢しさっぷりを遺憾なく発揮しますけど,蝉はそうはいきません。地面に落ちたらオシマイで,7年間の苦労(?)が水の泡になってしまいます。

一方,木の幹にしがみついているからといって,決して安全だとはいえません。朝方の街を歩いていると,烏さんたちが食事の真っ最中。蝉は鳴く分だけ切なさが増してしまいます。

ただ,こういう考え方もできます。

よく言われることですけど,蝉が地上に出るのは,晩年中の晩年といっても過言ではありません。地中で7年,地上で7日過ごすということは,地上での生活は一生のうちの365分の1です。人間の一生を80年とすると,最後の80日……。

地上に出てきた蝉が,蝉地雷になったり烏のご飯になったとして,蝉の一生がすべて台無しになったかのように切なく感じるのは,人間側の傲慢のようにも思えます。一生のうちのどのあたりに力点を置くか,と考えたとき,最後の80日だけに力点を置くべきなんでしょうか……。人間だったら,そうとも言えないように思います。もちろん,蝉にとっての7日間は生殖が目的なので,生物的な目的は達していないわけですけど……。

もしかしたら,蝉さんにとっては,地中で満足に暮らして,地上の空気を吸った瞬間が絶頂期だったかもしれません。

そう考えると,ちょっとは蝉地雷に切なくなることもないような……。いや……,やっぱり切ないです。蝉地雷。

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