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音楽を買うということ

2004年10月11日

低迷する音楽業界ともうひとつの流れ」(HOTWIRED JAPAN

巷では,音楽不況といわれて久しいけれど,音楽そのものに対するリスナーの関わり方は,むしろ緊密になっているように思います。再生機器やフォーマットは,選ぶのに困るくらい多様化しているし,ちょっとマウスをカチカチすれば,おたまじゃくしを知らなくたって,一通り聴ける音楽を作れる時代ですから。

仮にそうだとすると,音楽不況という言葉は必ずしも適当ではなくて,むしろ,レコード不況と言った方がよさそうです。つまりは,

彼らは90年代に起きた音楽バブルが弾けて以降、自分達が販売する商品の「作品力」を上げることをせず、安易な方法論でお茶を濁してきたように見える

ということ。記事にもあるけれど,CCCD や著作権法改正(輸入権)なんて話は,コンテンツの質を棚に上げた措置なわけで,見苦しさだけが目立ってしまいます。アマチュアミュージシャンの演奏が,プロのそれと大して違いがないことに気づいちゃったリスナーは,大概,利用しやすい方を選ぶと思うんですけどね……。

そもそも,「音楽を買うということ」,つまり,音楽を商品にして売買するという仕組みは,音楽の「制作者」と「利用者」を区別することで成立します。もちろん,ミュージシャンがCDを買うことはあるけれど,その商品に関する限り,「制作者」と「利用者」は明確に分かれます。今風にいうと,「著作権者」と「リスナー」でしょうか。

一方,音楽そのものはというと,必ずしも「制作者」と「利用者」を区別するものじゃありません。極端な話,民謡や文部省唱歌みたいに,「誰のものでもない音楽」も「音楽」として十分通用するわけです。

「誰のものでもない」ものになりうる「音楽」なるものを,「誰かのもの」として売買の対象にするには,かなりのエネルギーと工夫が必要になるはずなんですけれど……近頃のCDには,そういうエネルギーが感じられないんですよね……。あたしだけかもしれませんけど。

もっとも,制作者の側は,「お前のCDは,エネルギーが無いから売れねぇんだ!」とか言われても困っちゃいますね……。リスナーの側も,「ノリ」だとか「テクニック」だとか,人によって聴きどころが違うだろうし,「エネルギー」の一言で片付けるのは,乱暴かもしれません。

ここで「エネルギー」というのは,商品としての聴かせどころみたいな意味です。例えば,あたしの場合はというと,バンドで太鼓を叩いていたこともあって,音楽を聴くときも,ベースとドラムを主に聴いてしまいます。だから(というわけでもなけれど),個人的に,このベースとドラムってのは,音楽の質をみる上でかなり重要なものだと思っています。

そんなわけで,あたしに限って言うならば,エネルギーを感じるのは,リズム隊で勝負している音楽ということになります。

もちろん,みんながみんなリズム隊を聴く必要はありません。ただ,「商品」として何を提供しているのかが分からない音楽に,「商品」としての価値がないのは当たり前の話です。音楽が一般に身近になったということは,そこらへんの嗜好が以前に比べてかなり具体的になっていて,しかも多岐にわたっていることを表しているようにも思います。

その意味で,今時は,万人受けする共通項的な音楽を提供するのは難しい時代なのかもしれません。小粒でもピリリとくるような音楽をきめ細かく手助けするのが,次期にやってくるレコード業界象のようにも思います。

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