Entry

『日本人とユダヤ人』

2004年11月22日

日本人とユダヤ人』(イザヤ・ベンダサン,角川文庫,1971年)

書店でふと目にとまって読んでみました。初めは,最近出版された本だと思っていたんですけれど,途中でとても古い本ということが判明しました……。どうも読んでいて,今の世情と離れているところがあったあったもんで……。

本書が出版されたのは,1971年ということで,日本ではちょうど安保改定ですったもんだしていた頃だったのでした。そんなわけで,内容こそ,日本人とユダヤ人の比較文化論(?)という体裁をとっているものの,随所に政治的な発言がちりばめられています。当時の世相をいまだに引きずっている向きにとっては,不快だったりするのかもしれませんね。

この頃,イスラエルもますます孤立感が深まっているみたいだし,出版当時とは別の意味で読む価値がある本なのかもしれません。「日本を論じているユダヤ人を通して,ユダヤ人を知る……」みたいな……。なんだかややこしくなってますか……。

本書は,著者からして曰く付きだったりするので(参考;『にせユダヤ人と日本人』(浅見 定雄,朝日文庫)),ちょっと読んだだけでは,どこまでが本当で,どこまでが嘘なのかよく分からなかったりします。どうやら,ヒダリの向きに嫌われていることは,たしかなようですね……。

その辺の事情を知らずに,こういう本を一から読むのは,骨が折れそうです。とりあえず,あたしは痛いのが嫌いなので,骨の折れる「その辺の事情」は脇に置いて本書を読みました。

そこで,日本論についてです。日本論はこれまで数冊読んできたけれど,今まで読んだ日本論の中では,際立っていたように思います。もちろん,際立ち方が,悪い方向なのか良い方向なのかは,読む人によるんでしょうけれど……。特に,「日本教徒・ユダヤ教徒」という側面から,日本的価値観を宗教の一種としてユダヤ教と比較しているところは,なかなか新鮮でした。

政治の話題は,当時の空気が分かっていないと理解できないところがあるけれど,法律・裁判に関する話題は今でも当てはまるように思います……。たしかに,モーセの戒律を厳格に遵守している人からすると,駐禁で反則キップを切る警察官に堂々と反論する人は,奇妙に映るのかもしれません(これも本当のことかどうかは分からないんですけど……)。法律学では,時々「具体的な結果の妥当性」とか「○○にあまりに酷である」とかいった文句を見ることがあるけれど,その中身をほじくると,日本的価値観のドロドロしたところが見えてくるような気がします。

また,あたしの場合,日本論を読んでいると,いつも前提として日本に対する正確な知識があるのかを見てしまいます。本書では,そこらへんにもあまり粗はなかったように思います。

さて,災害の最後に顔を出すのが「オヤジ」である。これは単なる語呂合せではあるまい,このオヤジという言葉はおそらく「圧倒的なボスおよびそれに象徴される政治的・人間的諸関係」の意味であろう。

なんて,ちょっとイタいところもあるけれど,「オヤジ」の語源を答えられる人は,日本人でも少ないだろうし,大目に見られます。

全体的に強い論調で,それゆえの思い込みらしきものも感じられて,この頃の本にはあまり見られない熱さが感じられました。夏場に読むのは苦しいけれど,涼しくなって頭もクールダウンしている今頃の季節に読むには,ちょうどいい本かもしれません。

Trackback
Trackback URL:
Ads
About
Search This Site
Ads
Categories
Recent Entries
Log Archive
Syndicate This Site
Info.
クリエイティブ・コモンズ・ライセンス
Movable Type 3.36
Valid XHTML 1.1!
Valid CSS!
ブログタイムズ

© 2003-2012 AIAN