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ハイな福袋

2004年12月20日

まだクリスマスすら済ませていない中で,いきなり福袋の話です。というのも,各百貨店の福袋商戦が,そろそろ熱気を帯びてきたという話を聞いたからです(参照:「『福袋ショー』開催、社員がモデルで中身公開 銀座三越」(アサヒ・コム))。

なんでも,上の記事にもあるとおり,今年各有名百貨店が販売する福袋は,初めから中身が分かっているものが多いんだとか……。福袋って,中身が分からないものの詰め合わせだったような気もするけれど……近頃のはそういうもんなんでしょうかね。

一応,確認のために「福袋」がどういうものなのか調べてみたところ,発祥は「大丸」が江戸時代に端切れの詰め合わせを売ったところにあるんだそうです(参照:「福袋の歴史」(福袋研究会))。巷で通説になっている,松坂屋説(明治44年頃)よりも前があるんだそうな……。売り方自体は単純だから,遡ればもっと前まで遡れそうなもんですけどね。少なくとも,百貨店が始めた福袋は,大丸が起源だと覚えておきましょう。ここ,試験に出しますよ。

ともあれ,松坂屋にしろ大丸にしろ,起源を見ても分かるとおり,「商品の中身が見えない」というのは,「福袋」の本質のようにも思えます。今年の福袋のように,中身が見えるものも「福袋」だとすると,この頃の「福袋」は「詰め合わせの安売り」といった程度の意味に変わっているんでしょうかね。

福袋というと,毎年のように,お客さんが開店前の百貨店に行列を作っています。あたしは,ただでさえ寒いのに,並んでまで福袋を買おうと思う気持ちが全然分からないですけれど,ここら辺のエネルギーはどこから出てくるんでしょうか。もし仮に,「商品の中身が見えないこと」に対するワクワク感が先に立っているようだったら,百貨店の作戦(中身見せ作戦)は裏目に出てしまうことになります。

一方,百貨店の側が,何のリサーチもなしに,こんなドラスティックなことをするとは思えません。恐らく,相当程度の需要を見込んで商品にしているんでしょう。上記記事のインタビューでも,

東京都江戸川区の主婦(53)は「福袋とはいえ、無駄なお金は出せないので、事前に楽しく見せてくれてよかった。これで、はずす心配もなくなる」と話した。

というお客さんもいるみたいだし,需要はあるんだと思います。あたしとしては,「じゃあ,年始のバーゲンで好きなものを選べばいいじゃないか」とも思うんですけどね。なんでそこまでして福袋を欲しがるんでしょうか。

考えてみると,元旦からの約1週間は,お金の使い方がちょっと異常になる期間のように思えます。普段開いているはずのお店が開いていなかったり,開いていてもいつもと違う商品が並んでいたりする時点で,既に異常です。また,せっかく並んでいる「いつもと違うもの」も,大抵は不要なものだったりします。年の半ばになって,初めて「なんでこんなもの買っちゃったんだろう……」と感じることも少なくありません。

日本の正月というと,「春の海」の中でしっとり静かに迎えるような印象があります。けれど,こういった異常な雰囲気のせいか,案外それぞれの心中はハイになっているのかもしれません。つまり,不要なものでも,ハイだったら買えちゃうというわけです。お正月はお祭りですから,当然といえば当然の話です。

福袋とバーゲンで考えてみると,福袋は年始の「ハイ」な部分を担当しているようにも思えます。損得といった俗世の感覚はとりあえずの方便で,いわゆる「お正月気分」なるハイな状況を演出するのに必要なものが福袋である,といった具合に……。もっと言うならば,「福袋を買うこと」が目的であって,「福袋の中身を買うこと」はどうでもいいと言っても過言ではないでしょう(過言か?)。

そう考えると,中身が見えようと見えまいと福袋を買った時点で,福袋の福袋たる目的は達したことになります。福袋と年始のバーゲンが併存していても,やっぱり福袋は福袋,バーゲンはバーゲンといった具合に棲み分けができているのかもしれません。

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