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勝ち組の語り手

2005年01月03日

もう死語になりつつある言葉ですけれど,この言葉,考えてみると面白いところがあるので,死んでしまう前に書き留めておきます。

ここでの表題は,抑揚の良さから「勝ち組の語り手」にしておきました。けれど,これは別に「負け組の語り手」でも「勝ち組・負け組の語り手でも」構いません。同じ意味です。つまり,勝ち組・負け組を語っている人を問題にしたいと思ったわけです。

これはあたしの習性なんですけれど,わけの分からない言葉が出てくると,それを前提とした話をする前に,その言葉(概念)が生まれた経緯や背景となっている考え方の方を先に考えてしまいます。あたしが見る限り,「勝ち組・負け組」という言葉は,巷のビジネス雑誌に出てくるヘンテコな精神論と同じくらいケッタイな言葉に映っています。

とりあえず,語源を調べてみたところ,言葉それ自体は,太平洋戦争後日本の勝敗が日系移民の間で議論された(情報が正しく伝わっていなかったらしい)ところにあるんだそうです。つまり,日本が勝ったと主張する側が「勝ち組」,負けたと主張する側が「負け組」というわけ(参照:「負組と勝組」)。

今使われている意味とはかなり違いますね……。今使われている言葉の語源は別にあるんでしょうか……。

あたしの微かな記憶によると,この言葉,大規模な企業倒産や大学改革が始まった頃あたりから囁かれ始めたように思います。「山一が潰れた!次に潰れるのはどこだ?」とかいった文脈でです。あくまで記憶ですけどね。もっとも,この時に勝ったり負けたりしたのは「会社」なわけで,「人間」じゃありません。営利目的の企業だったら,業界のシェアとか財務状況といった要素から,勝ち負けが分かりやすいですよね。「勝ち」とか「負け」とか言う前も,金融会社の格付けなんかに振り回されてましたし。

ともあれ,人間に当てはめるのはもっと先だったような気がします。おおむね,上記の文脈から,負けかけてる会社にリストラされた人なんかを呼称したといったところでしょうか……。山一を云々していたのはマスコミですから,せいぜいそこらへんの売り文句がエスカレートしたものなんでしょう。憶測ですけど。

一方,語源とは別に,現在この言葉を「語っている人」には,どういった背景があるんでしょうか。これは興味深いところです。ここで「語る」というのは,単に言葉を発することではありません。例えば,

おまえは勝ち組だからなぁ!

と言う人は,既に「勝ち組・負け組」の概念を前提にして言葉を発しているだけですから,むしろ「語られる人」の方です。「語る人」というのは,「勝ち組・負け組」という言葉(概念)自体を設定している人のことです。

通常,言葉は,言い表せないことを言い表すのに必要だとか,従来の言い回しよりも発音しやすいとか,はたまた,集団の結束を強めるために仲間内だけで通用する言葉が必要だ,とかいった具合に,自然と生まれるものです。言葉を設定する人はいるんでしょうけれど,ハッキリとは認識できません。

一方で,こういう突然出てくるケッタイな言葉の場合は,大抵,概念自体を設定する人をハッキリと認識できます。個人のときもあれば,業界のこともあります。とにかく,「ああ……あそこがアジッてた(古ッ)のね」って感じで特定できるわけです。

語る側が分かれば,言葉の背骨になっている考え方や価値観も分かるというもの……さて,どこがアジッてる(た)んでしょうね。しばらく観察してみようと思います。

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