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『少年期』に感じる「子供」と「大人」

2005年10月20日

大長編ドラえもん「のび太の宇宙小戦争」が封切りされたのは,1985年とのことで,あたしゃまだ小学校に入ったかどうかといった年だったんですけど,この主題歌『少年期』がいまだに印象に残っています。

ぼくはどうして大人になるんだろう

ぼくはいつごろ大人になるんだろう

というサビのあの曲。ピンとこない方は,映画ドラえもんの25周年記念サイト(http://www.dora-movie.com/ ※要 Flash)で,当時の予告編を(一部)楽曲付きで公開していたので参照をば(参照:「DORAEMON THE MOVIE 25th Film History 6th」※要 Flash)。

ちょっとぐぐってみても,あの曲にやられた方は多いらしくて,大長編ドラえもん全体で見ても「屈指の名曲」という位置づけのようです。あたしも,当時,ドラえもんの曲ばかりを集めたカセットテープ(なぜかドリフの「ヒゲのテーマ」が初めに入っている)を持っていたんですけれど,この曲ばかり聴いていた記憶があります(いい加減な記憶だけど)。

適当なことを言って,曲の雰囲気をぶち壊すのもアレなんで,安易なことは言えないんですけれど,個人的にあの曲は「ドラえもんの主題歌」として歌われたからこそ,名曲になったんじゃないかな,なんて思います。たしかに曲だけをあげつらっても文句なくいい曲なんですけど,前掲の予告編みたいにドラえもんの BGM として聴くと,泣ける度が違う感じがするからです。

考えてみると,「ぼくはどうして大人になるんだろう」にしても,「ぼくはいつごろ大人になるんだろう」にしても,「本当に子供な時分」では考えないことだったりします。当時の感覚からすると,直線的に「大人に育つ」というよりは,非直線的に「大人に変化する」という感覚なんじゃないでしょうか。そうしてみると,歌詞中の「ぼく」は,「自分の延長線上に『大人』を見つけちゃった子供」という意味で,ほんの少しだけ大人の階段昇っちゃった状態のように思えます。微妙な違いなんですけどね。ただ,そういう「ぼく」の立場から,のび太のように子供の本分をめいっぱい満喫しているような子を見ると,その差は隔絶としたものがあって,のび太たちの「子供として」一生懸命なところが際立ってしまう。

なんだか,あの曲をバックにすると,のび太たちと一緒に子供子供できない一線ができちゃう感じがするんですね。だからといって(当時の)自分は大人かというと,「『大人』を見つけた」だけで,とても大人とは言えない。そこら辺の宙ぶらりんな感じが哀愁を誘うのかなぁ,とも思います。あの曲が名曲だとされるのには他にも理由があるんでしょうけど,あたしとしてはそんな感覚だったりします。

まぁ……毎度のことながら,言葉にすると途端に野暮ったくなっちゃうんですが……。

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