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再伝聞な情報を元手に再々伝聞な論調を作るのはマズい

2006年04月24日

少年事件の取材では,当事者のブログに当たるのが常道になっているんでしょうか。今度の事件でも被害者のブログが取り上げられているようです。

今月に入ってからは、別の少年の名前を挙げて、「なんで好きになっちゃったのさ―」と、心境に変化が生まれたことがつづられていた。

今月5日付のブログには、逮捕された少年との関係について、「喧嘩(けんか)して〜 仲直りして〜」と、トラブルがあったことをうかがわせていた。

別の少年に心変わり、被害者がブログで告白 : 社会 : YOMIURI ONLINE(読売新聞)

これを読んでいて思ったんですけど,メディアの情報が本質的に再伝聞(「「「○○は□□だと思う」と△△が言っていた」と××が言っていた」といった話)だとしても,伝聞のソースそのもの(の断片)を記事にしてストーリーを作るのはどうなんだろう,と思ったりします。

日記調のブログってのは,ブログ全体に一貫した論調があるというよりは,エントリ毎に論調がコロコロ変わるのが普通だったりするわけで,都合のいいエントリだけを抜き出せば,簡単に「一貫させた」ストーリーに仕立て上げることができます。また,元の発言者である被害者はもう亡くなっていることから,本当の事情を尋ねるわけにもいきません。

つまるところ,「本当に心変わりがあったのか」とか「喧嘩云々の様子が実際にどうだったのか」とかいった話は,この記事からは読み取れないということです(記者がそのエントリをそう読んだという感想にすぎない)。もちろん,この記事がそうした操作をしている,と断定するわけじゃないし,他の情報(加害者の供述等々)と併せて考えれば,大抵の事実関係は分かるんだと思います。けれど,少なくともこの記事に関する限り,その読み手としては,「ウラの取りようがない事実であること」を認識しておくべきだ,と思うわけです。

こうした記事を元手にした,例えば,「10代の交際事情云々」とか「恋愛観おける性差云々(「女の子の方が進んでるのよ!」みたいな話)」とかいったステロタイプな再々伝聞が出てくると,見事に動員されてるなぁ……と思ったりして。

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