Entry

人工知能の話を読んでみた

2006年05月25日

図らずも,前回エントリの反響がすごいことになっていてビビっているわけですが……決然と前へ。

ペシミスティック・サイボーグ―普遍言語機械への欲望
西垣 通
青土社 (1994/03)
売り上げランキング: 314,342

高い本も手頃に買える古書店が好きで,機会さえあれば古書店に行っているんですけれど,本書もそこで買った一冊です。タイトルがかっこいい!という理由だけで選んだ本なので,読み始めるまで何の話なのか全然分かりませんでした。本書は人工知能の話です。著者の西垣通氏については,情報科学の評論でおなじみなので[Amazon 検索結果],ご存知の方も多いはず。

もう10年以上も昔の本で,コンピュータといってもインターネットはまだないし,CPU の性能も,「Pentium 出たんだって!すっげー!」みたいな時代ですから,今とはえらく状況が違います……というか別世界です。そんなもんで,本書は,現在のコンピュータ環境をそのまま前提するなら,あるいは人工知能の入門書として扱うなら,「なんじゃこりゃ」な評価になってしまうと思います。また,あたしゃ人工知能についての技術的な知識はほとんど皆無なんですけれど,おそらく,技術的な話を求める場合も「歴史物」として扱われるべき本なんだと思います。

一方で,本書は文化論的な側面からもコンピュータとの関り合いを検討するもので,そちらの方面からすると,いまだに今日的な話がわらわらと出てきます。人工知能というと,「言葉」と切っても切れない関係にあるわけで,同様に「言葉」を問題にしてきたポストモダニズムは人工知能の世界を挑発します。あたしも好きな攻殻機動隊(サイバーパンクとか言うのかな)の人気ぶりなんかを見ていると,人工知能やサイボーグに対する憧憬はいまだに色褪せていません。そうしてみると,こうした営為がどれほどグロテスクなことなのか,といった話は,今にして読んでも刺激的です。

本書が書かれた1993年(出版は1994年)は,人工知能がやたらともてはやされた時期だったみたいです。コンピュータを取り巻く世界では,いつの時代も,やや誇大気味に社会現象や技術水準を賞揚することが多いけれども,この時は人工知能だったというわけですね。今で言ったら「Web 2.0」といったところでしょうか(ゴニョゴニョ)。そんなわけで,タイトルにいわゆる「ペシミスティック」というのは,「ちょっと熱を冷ましなさいな」といった,過度なオプティミズムに対するクールダウンを意味しています。

人工知能に対するオプティミズムがどの辺にあったのかというと,人工知能と聞いて素朴に考えつくアイデアと関連します。それは,辞書的な言葉をデータベースに溜め込んで,それらの関係を述語論理に従って処理(推論)していく,というモノです。つまり,知識の蓄積と論理操作(推論マシン)さえ満足にできれば,「人間みたいなコンピュータ」ができる,と考えられていたんだそうです。で,このアイデアは,かつて人工知能で一躍耳目を集めた「第五世代コンピュータ 」[Wikipedia]に結実します。

ところが,「第五世代コンピュータ」プロジェクトは,ご存知の通り(おおむね)当初の期待とはかけ離れた結果に終わります。どうしてか。というのも,実際に人間が使っている「言葉」なるものは,暗喩なんかを持ち出すまでもなく,状況に応じてグルグルと意味内容が変わるのが普通なわけで,辞書的で分析的な「知識」をコンピュータに入力しても,人間のそれとは言えないからです。さらに,追い討ちをかけるように現象学的な観点を持ち込めば,「言葉の意味」に従って客観的に推論すること自体が怪しくなってきます。というわけで,コンピュータが「言葉の意味」(言葉の厚み)の領域に入った途端,それはグロテスクな営為として立ち現れることになります。

この点で,第五世代コンピュータを初めとした人工知能の基本的な発想が,ユダヤ人のカバラ主義・普遍論理思考と結び付いていると指摘する点は,ユニークで興味深いものがありました。

実はこのユダヤ神秘主義カバラこそ、現代の人工知能=知識情報処理テクノロジーとふかい関連があるものなのである。

十三世紀スペインのフランシスコ会士ライムンドゥス・ルルスの「アルス・マグナ(大いなる術)」から、十七世紀ライプニッツの「普遍記号学」、そして二十世紀人工知能へといたる知的潮流についてはすでに度々いわれてきた。くわしく繰り返すのはやめておくが、ようするに、概念を単純な要素に分割し、それぞれに記号を割り当て、記号のメカニカルな組み合せによって結論をえる、一種の〈思考機械〉だという点が共通なのである。もちろん第五世代コンピュータの並列推論マシンとルルスの稚拙な円盤機会とでは、複雑さ・精巧さのレヴェルが違いすぎるにしても、その原理的発想は重なっている。

(snip)

ルルスのアルス・マグナは記号をメカニカルに組み合わす仕掛けだから、カバラの神秘的な象徴主義とは異質な感じがしないでもない。けれども本来カバラ原義というのは、神が密かにあたえた隠された言葉の〈伝承〉のことである。(snip)これは一種の暗号法のようなもので、ルールにしたがって数理的に記号を操作する。それゆえ少なくとも表面的には、ルルスのアルス・マグナはカバラの数理的・記号操作的側面をおもに取り入れ、機械的に実現した仕掛けだと言えるかもしれない。

ペシミスティック・サイボーグ―普遍言語機械への欲望』(西垣通,青土社,1994年,pp195-196)

ユダヤ教カバラ主義がキリスト教と出会うことで,脱ユダヤ化されて,普遍論理思考に発展した,としています。普遍論理思考をネイティブにしているユダヤ人ならともかく,日本語のように日常生活言語を暗喩のような「言葉の裏」に依存している場合,第五世代コンピュータ的な発想とはそりが合わないようです。

人工知能の中身から話を移すと,本書は人工知能にまつわる文脈を一通り踏まえている点が注目されます。有名どころの学者さんや著作は大体紹介しているみたいで,話はオートポイエーシス理論やカオス理論にまで及びます(本書の出版時点ではまだ萌芽の段階だけれど)。また,文脈もうまくまとめてくれているので,人工知能まわりの文脈を確認するのにも便利かもしれません。参考文献も充実しているので,もう少し首を突っ込んでみようと思います。

Trackback
Trackback URL:
Ads
About
Search This Site
Ads
Categories
Recent Entries
Log Archive
Syndicate This Site
Info.
クリエイティブ・コモンズ・ライセンス
Movable Type 3.36
Valid XHTML 1.1!
Valid CSS!
ブログタイムズ

© 2003-2012 AIAN