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デジタル情報と著作権の話

2006年07月14日

ブロじゃないけれど楽しげ話があったので,考えてみました。

404 Blog Not Found:数学的にはデジタル情報に著作権はありえない!?

  • すべてのデジタル情報は、有限の自然数として表現可能である。
  • ∴すべてのデジタル情報は、上記の数の小数点何桁目かに必ず現れる
  • ∴すべてのデジタル情報は、上記の数の引用物である
  • ∴引用物そのものに、著作権はない
  • ∴すべてのデジタル情報の著作権は、上記の数の著作権保持者に帰属する
  • ところが、上記の数の著作権はそもそも存在しないか、したとしても消滅している。
    • そもそも数そのものに著作権は設定できないはず
    • 設定できたとしても、上記の数は少なくともCantor以前にその存在が指摘されている
  • ∴すべてのデジタル情報の著作権は、消滅しているかそもそも存在しない
404 Blog Not Found:数学的にはデジタル情報に著作権はありえない!?

一応確認しておくと,著作権は「著作物」を客体とした権利です。んでもって,多分なんですけれど,これって「著作物」の捉え方をデジタルなものに限定しているのがいけないんじゃないかと思います。

例えば,ある CG とそれをプリントアウトした紙片の内容は,両者とも同一の著作権で保護されるし,逆に,手描きの絵とそれをスキャナで読み取ってデジタル化した際のデータも,両者は同一の著作権で保護されます。つまり,表現する媒体が異なっていても(デジタル/アナログを問わず),思想等の表現が同一であれば,同一の著作権で保護されるということです。で,これはなんでかというと,著作権法上の「著作物」を正確に言うと,CG がプリントアウトされた時の紙片等を指しているのではなくて,CG の表現内容そのものをいうからです。媒体は違っても,同じ「著作物」を表現しているから,同じ著作権で保護されるというわけです。「著作物」というのはそういうもので,著作権はそういうものを客体にした権利です。

その意味で,「著作物」という概念は観念的なもので,実体がありません。著作権が無体財産権と言われるのもそのためです。つまり,そこにある CG の描かれた紙片は,「著作物」なるものが紙にくっついた(「化体」(けたい)という)ものとして扱われるわけで,「著作物」そのものを指しているわけではないというわけです。株券が株式そのものじゃないのと同じ理屈ですね(株券は紙片に株式が化体したもの)。詳しい説明は,「知らないと危ない・インターネット著作権 - 第2章 著作物−著作権法の保護の客体 8 著作物の実体−原作品,複製物との異同」あたりが参考になると思います。

それじゃ,もう少し話を進めて,描いた CG を2進ダンプして,その結果をテキストとしてプリントアウトしたとき,その紙片は CG の複製物(「著作物」を化体させた有体物)と言えるでしょうか。当然のことながら,複製物じゃないですよね。「著作物」はあくまでも,CG の図柄であって,0/1の並びを印刷した内容じゃありませんから,ちゃんと化体できていません。一方で,画面を見ながら絵の得意な人が紙に描き写した場合は,同じものと認められる限り,同一の著作物を紙に化体したことになるわけで,複製物になります。場合によっちゃ,某お姉さんが描いた某キャラクターの似顔絵も,著作物の「複製」に当たると。

で,小飼さんの証明なんですけれど,問題点は3つあるんだと思います。順に挙げると以下の通り。

  • 「著作物」は,0/1の並びや絵の具の乗り具合といった実体ではなく,観念的な概念だから,デジタルな媒体に「著作物」が化体されることはありえても,「『著作物』がデジタルである」必然性はない(「著作物」はデジタルでもアナログでもない,あるいはどちらでもありうる,というかどういう形で「存在」していてもいい)。したがって,「著作物」どうしがデジタル的にかちあうかは問題にする必要がない。
  • 数値そのものが「著作物」にならないとしても,数値を組み合せることを媒体として(デジタル表現として)「著作物」を化体させることはできる。しかし,それは観念的な実体である「著作物」がデジタルであることを意味するわけではない。
  • 「引用」は,他人の「著作物」を自分の「著作物」の中に取り込むことを言うところ,「著作物」がデジタルである必然性がない以上,有限な数列における「引用」を観念してもあまり意味がない。また,単なる数列は「著作物」ではないので,数列における「引用」は観念できない。

専門的に勉強したわけじゃないので,あまり自信ないんですが……(特に3つ目あたり)。

結局のところどういうことかとういと,著作権法の概念としては,「表現そのもの」である「著作物」と「表現されたもの」である「原作品/複製物」というものがあって,著作権法上保護されるのは前者に対する権利だというわけです。んでもって,前者は観念であってデジタルだとかアナログだとかいった形式は法律上問題にしていません(してもあまり意味がない)。というわけで,両者をゴッチャにするから,面倒なことになるんじゃないか,と。

もちろん,「表現そのもの」である「著作物」もデジタルでできている(世界はデジタルに還元できる),という話も話としては考えられなくはないんだと思います。けれど,それは法文を超えた哲学の問題になってしまうんじゃないかと思います。それ以前のエントリを読ませてもらったところ,小飼さんはむしろこちらの話をしたかったんじゃないかとも思えるんですけれど……これは憶測になってしまいますね。

思想的な話にもとても興味があるんですけれど,実定法の話としてはこんなところじゃないのかなあ。

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