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読書メモ - レジュメに自動的に名前を書く生徒を見てニヤニヤ

2006年07月28日

読書週間ということで,詰み本をただ黙々と読んでます。

「学級」の歴史学―自明視された空間を疑う
柳 治男
講談社 (2005/03)
売り上げランキング: 21,950

機能的な産物だったはずの〈学級〉が,自明視され自己目的化するとで,青少年の生活全般を学校が担うことになった,という話を史的に解釈している本です。フーコーが云々している,規律訓練型権力や牧人権力の典型的な例としても,参照できます。

これを読んでいて思い出したんですけれど,あたしが出た高校では,教師の側がこういう話に自覚的だったようで,こうした権力システムを半ば揶揄していたところがあった気がします。

高校1年生の初めの頃のクラスで,レジュメが配られたんですけれど,その時,先生がどうもニヤついてたんですね。んでもって,なんでニヤニヤしているのか聞いてみたところ,

いやー……みんな,プリント配られただけで,自動的にクラスと名前を書くからさぁ……。よく訓練されてるな,と思って。

みたいな答が返ってきたのでした。その時は褒められたもんだと勘違いしていたんですけど,揶揄だったんですね。後になって気がついて,勝手に赤面していました。うちの学校は,どうもこういう気質を持った先生が多かったもんで,生徒の側の工夫次第で学校生活が良くも悪くもなっていた感じがします。もっとも,〈学級〉制度の枠内での話ですから,「生徒の工夫」といっても大した話じゃないんですが(ゼロサムゲームはもちろんあったし)。

そういえば,いつだったかこのサイトにも書いたけれど,「おまえらなんで学校に来るか知ってるか?」と尋ねる先生もいました。答えはというと,

昼間に若い連中が街中を歩いているとロクなことしないから,収容してるんだよ。

みたいな回答。こういう割り切った先生というのも,今にして考えると貴重だと思ったりします。いや,ただの思い出話なんですけどね。そんだけです。

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