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読書メモ - 「己所不欲勿施於人」はちと怪しいという話

2006年09月08日

夏休みというわけじゃないけれど,少し更新をお休みしていました。さりげなく,再開。

カントの『道徳形而上学原論』をつらつらと読んでいたところ,「己所不欲勿施於人」はちと怪しいんじゃないの?という話があって,面白かったのでメモ。熱いぜ,カント。

道徳形而上学原論
道徳形而上学原論
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カント Immanuel Kant 篠田 英雄
岩波書店 (1976/01)
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『道徳形而上学原論』は,『実践理性批判』の前座として書かれた本です。タイトルはえらく難しげなんですけれど,形式的な論証が前面に出た他の著書と比べると,カントの道徳に対する情熱がビシビシと伝わってくる良書です(今さら「良書」とか言うのもアレなんだけど)。近頃は,道徳やら価値観やらといった話が,ネット上やニュース上に溢れかえっているわけですけれど,そういうもんに興味のある向きにはオススメです。

「己所不欲勿施於人」(己の欲せざるところ,人に施すなかれ)というのは,『論語』に出てくる文句ですけれど,洋の東西を問わずあちこちで使われる道徳規範のようです。つまるところ,「自分がしてほしくないことは人にするな」ということですよね。この規範に対して,『道徳形而上学原論』に次のような一節があります。

「君に対して為されるのを欲しないこと云々」という取るに足らぬ言辞を、基準或いは原理としてここに適用できるなどと考えてはならない。こういう言葉は、種々な制限を加えてのうえにもせよ、けっきょく上記の原理[人間は目的自体であるという]から派生したものにすぎないからである。このようなものは、とうてい普遍的法則たり得るものではない、そこには自分自身に対する義務の根拠も、また他人に対する愛の義務の根拠も含まれていないからである(他人に対して親切を尽くさなくても済むものなら、他人が自分に対して親切でなくても結構である、という考え方を喜んで承認するような人はたくさんいるからである)。更にまた上掲の言句は、人間が責任をもって相互に果すべき義務の根拠を含むものでない。犯罪者は、彼を処罰しようとする裁判官に対し、かかる言葉を楯にとって、自分の無罪を証明するかも知れないからである、等々。

『道徳形而上学原論』(Immanuel Kant,篠田英雄 訳,岩波書店,1976年,pp105-106)

ちょっと前に,「なぜ人を殺してはいけないのか」なんて話があって,「自分が殺されたくなかったら他人を殺すな」といった規範も当然のごとく出てきました。けれど,引用によると,「自分は殺されてもいいから,他人を殺してもいいよね」という話には無力なんじゃないかと思ったりします(現に,そういう人はいなくもなかったりする)。

カントの場合,「善意志」なるものが発する絶対的な命令(定言命法)が,道徳規範の原理になるべきだ,と主張しているので,特定の人間の趣味・嗜好で規範がコロコロと変わってしまうようでは,とても道徳の原理になりえない,というのも頷けます。ものすごく大雑把に把握すると,「人間(理性的存在)である以上ダメなものはダメなもんがある」といった規範があると考えればいい,といったところでしょうか。

「己所不欲勿施於人」に戻ると,かなり前にあった例の「猫の間引き」話にも,「己所不欲勿施於人」な規範を立てているコメントがあって(坂東氏自身も本文中で述べている),この規範の根強さを実感しました。言葉にすると,「猫はこう思っているはず」とか「猫にしてみたら」とか,そんな感じ。

獣の雌にとっての「生」とは、盛りのついた時にセックスして、子供を産むことではないか。
その本質的な生を、人間の都合で奪いとっていいものだろうか。
猫は幸せさ、うちの猫には愛情をもって接している。
猫もそれに応えてくれる、という人もいるだろう。
だが私は、猫が飼い主に甘える根元には、餌をもらえるからということがあると思う。
生きるための手段だ。

痛いニュース(ノ∀`):作家の坂東眞砂子が18日の日経新聞で日常的に子猫を殺していると語る

人間じゃない猫に対して,「己所不欲勿施於人」な話を当てはめるというのは,猫を人間と同視して,かつ自分の価値観(己所不欲)を投影するという意味で,かなりアクロバティックな話なんだと思います。猫は何も言えない分だけ,なんでも言える……と,そんな感じ。

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