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犬丸りん氏が見ていた「浮き世」と「憂き世」を想像する

2006年09月12日

livedoor ニュース - ◎「おじゃる丸」原案者が自殺=犬丸りんさん、「仕事できない」と遺書

おくやみのエントリは,ただ「残念」とだけ書くのもなんともどうなんだろうということで,毎度あまり書く気が起きません。岡田真澄氏の時も,ファンファン大佐世代のあたしとしては個人的にえらく残念だったんですけれど(「迷宮美術館」(NHK)の出演を見たときに見るからに痩せていたので心配していた),「残念」とか「御冥福云々」の一言で終えてしまうとただの挨拶と区別がつかない感じがして,結局途中でボツにしたのでした。けれど,「おじゃる丸」はかなり大好きな作品だっただけに,残念でしかたありません。何か言わずにはいられないので,つらつら書くことにします。

おじゃる丸」は,ご存知の通り,平安朝から月光町にやってきた男の子(おじゃる丸)が,愉快な仲間達と戯れるという,子供向けアニメです。1998年から放送しているらしいので,もう10年近く放送していることになります。

その魅力は,なんといっても,月光町に住んでいるキャラクターが,それぞれ魅力的なところ。サブキャラの設定がとても丁寧なので,世界観に奥行があって大人でも楽しめます。また,ギャグというかネタというか,たまにポツポツと出てくるアイデアがそのまま既成事実になって,設定の中にどんどん組み込まれていくところは,初めの方から見ていた向きのマニア心をくすぐったかもしれません。「ちっちゃいものクラブファンクラブ代表」とか,実演販売員の押野さんとウッくんとの関係とかいった具合に,一話完結アニメの中に時間が流れているのでした。

初めのシリーズは,おじゃる丸の「まったり」なイメージが先行していて,癒し系な感じだったんですけれど,中盤以降はキャラクターや設定が主導して物語を引っ張っていた印象があります。そんなもんで,この物語は独り立ちして,どんどん再生産されていくんだろうな,と勝手に思っていました。犬丸氏にとってみたら,縮小再生産だったんでしょうか。

ともあれ,あたしゃ,この作品には要らぬ深読みをしていて,そこが最大の魅力だと思っていたのでした。

それは,「憂き世」をあえて「浮き世」にズラして捉え直す視点です。

例えば,「自分探しに明け暮れるフリーターのケンさん」とか「売れない少女漫画家のうすいさちよ」それに「満願神社の再建を夢見るおこにこツインズ」といったキャラクター。現実世界では深刻な悩みになりそうな属性のはずなんですけれど,「まったり」のオブラートに包まれると「憂き世」から「浮き世」に引きずり出されます。ここで,「まったり」の主であるおじゃる丸は,こうした属性に対して割と冷静で,現実寄りの態度をとるんですけれど,周りのキャラクター(例えば,トミーおじいちゃん)が,それぞれの立場で憂き世=浮き世な属性と接します。このおかげで,悩みの種であるはずの「憂き世」な属性が中和されている感じがしていたんです。

今回の一件と絡めつつ考えると,「憂き世」をあえて「浮き世」に変換するってのは,今にしてみると結構しんどい作業なんじゃないかと思ったりします。憂き世を認識するには,どうしたって自分が置かれている状況や時代認識と現実とを照らし合わせなくちゃいけませんから。もちろん,こんな与太話でもって,「犬丸氏は世間の憂き世=浮き世を直視しすぎた」とかいった話を持ち出すのは早計だし,人間一人の死をこんなに綺麗にまとめること自体,ものすごく失礼なことなんだと思います。ただ,今回の一件で,「おじゃる丸」が本来持っていた陰の部分(憂き世)が前面に出てしまった印象は,たしかにあったのでした。

これから「おじゃる丸」の放送が続くのか,今のところよく分かっていません。素人の印象からすると,十分独り立ちできる物語設定が残っている感じはするんですんですけどね。いずれにせよ,犬丸氏には憂き世=浮き世のことは忘れて,向こうでまったりと過ごしてもらいたいものです。お疲れさまでした。ご冥福をお祈りいたします。

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