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読書メモ - 『アダルト・チルドレン―自信はないけど、生きていく』

2007年01月25日

最近,1995年前後に出版された本をガリガリ読んでいます。ほんと,今から考えてもどうしようもない時代だったもんで,ぼちぼち振り返ってるというわけ。

アダルト・チルドレン―自信はないけど、生きていく
西山 明
三五館
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AC はカウンセリング用語で,10年前に流行った言葉。AC なシンジ君みたいな……。詳しめの解説は Wikipedia を参照してください(参照:「アダルトチルドレン - Wikipedia」)。AC にはいろいろな定義があるけれども,ここではザックリと,「家族がどうしようもないから背伸びしなくちゃいけなかった元子供」みたいな意味で使うことにします。

で,本書はというと,4人の女性に対するインタービューをメインに構成した,ルポタージュです。個人的には,後半にあった信田さよ子氏(カウンセラー)との対談の方が面白かったんですけれど,一般的な読みどころは前半の彼女達の生い立ち云々なんだと思います。

もっとも,AC の話題に触れるとき,あたしゃまず「触れ方」からかなり気を使ってしまいます。というのも,こういうのって,触れ方を間違えると伝染りますから。特に,本書のような本人のトラウマ語りは,カウンセリングにとっては中核になるものの,そのカウンセリングを「見る人」にとっては伝染媒体になるんじゃないかと思うところがあります。心理学的(というかカウンセリング的)知見が,うっすらとオブラートのように社会を包み込むのは,あまり良いことではない,みたいな話を斎藤環氏がしていたのを思い出します(AC の話があったかは忘れちゃったけれど)。

心理学化する社会―なぜ、トラウマと癒しが求められるのか
斎藤 環
PHPエディターズグループ
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また,これは AC そのものに対するアプローチの問題として思うことなんですけれど,AC の領域が社会構造と切り離せないモノであることを考えると,本人の口上だけを取り上げることが一般的な意味での AC を伝えるのにどれだけ効果的なのか,疑問に思ったりもします。彼女達が語る社会だけが,社会そのものではないわけで,原因なり対処法なりを伝えるには(あればだけど)他の視点から見た社会像も必要なんじゃないかと思うわけです。筆者の西山氏も,微妙に取り込まれている感じがするし……。

というわけで,あたしゃ AC そのものからは少し距離を置いているのでした。読物としては,新聞記者さんの文体だけあって読み易いし,感動する方は適度に感動するんだと思います。あまりのめり込まないように,注意,注意。距離を置くと言った舌の根も乾かないうちにこんなこと言うのもなんですけれど,AC の話についてはちょっと思うところがあるので,また近いうちに書こうと思います。

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