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「文系」はないが「理系」はある――¬「理系」としての「文系」

2007年02月11日

ちょっと思い付いたことをメモ。なんだか,最近思い付きでエントリ立ててる気がするな……。ともあれ,こういうこと。

「文系」というのは¬「理系」であって,「文系」なるものが,それ単独であるわけではない。つまり,単独で成立しうるのは「理系」のみであって,「理系以外」のことを「文系」という。

そう考えると,かなり頭がスッキリしてきました。またはこう考えてもいいかもしれません。

「真理」は無垢でなければならない。

つまり,汚れた人間の手の届かないところにあるモノが,「真理」なるものということ。¬「理系」としての「文系」が触れている世界は,つまるところ「ダークサイド落ちてますよ」な状態ということ(「堕ちてますよ」の方が適当か)。いずれにしても,「汚れた」とか「ダークサイド」とかいった価値は,汚れた人間のものなんだから,「文系」と「理系」を区別する作業自体は,極めて「文系的」なわけですが。

個人的なレベルに降りてくると,真理を追うことを表明することは,無垢性のアピールなのかもしれません。「私は汚れてませんよ」というアピール。まぁ,こういうアピール自体も(間接的ながら)とても文系的。暗喩バリバリです。

物事を分類することは,それ自体価値的なものだし政治的・制度的なものでもあったりします。それに無自覚であることはまさに無垢なわけですけれど,それは「真理」に近いというよりは単に「モノを知らない」だけなのか……¬「理系」=「文系」的に見ると,「理系」なる言葉に釣られて動員されてるところも,たまに見かけるし……ゴニョゴニョ。

うーん……思い付きの割には,なんだか面白いネタになりそうな予感がします。もう少し「理系」言説の周辺を見てみようかな……。

(※クリリンな向きのために――このエントリは特定の個人を指して書いているわけじゃありません(いちいちこんなこと書かなきゃいけない義理もないんだけど)。)

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