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法律とコンピュータ・プログラムは似ているという話

2007年02月16日

こちらのコメント欄で思い出したので,ちょっと書いておきます。コメントそのものとはあまり関係ないので,申し訳ないんですが。

法って性質的にはプログラムに似ている気がする。
時代のニーズに応じてプログラムをメンテするプログラムってことになるんだろうけど、法を追加・変更・削除するアルゴリズムを作る人は責任重大だなー。ここの運用の考え方ひとつで、社会の未来は左右されちゃうわけだからね。
あるいはそのアルゴリズムのメンテの為に、結局人々は議論を続けなければならないのか。

404 Blog Not Found:法に見る歴史の繰り返し - T.MURACHI 氏のコメント

改正法なんかの原文を読むと,差分が書かれていたりするもんで,こういうのを見ると,プログラム的だな,というかコンピュータ的だな,と思います。以前,改正法で役所が手違いしたことがあったけれども,そのときにこれって自動化できるんじゃない?みたいな話があった気も(多分,割と簡単にできると思う)。

プログラム側からの話で言うと,あたしゃプログラムの設計なんかを考えるときに,とても法律(解釈)に似ていると感じることがあります。プログラムの設計は,「ユーザが間違えてこんなことしたらシステムはどう対処するんだ?」とか,「この場合にユーザができることは○○と××と□□だけ」みたいな具合に,起こり得る事態を想定しながら「ルール」を作っていくんですね(もっと実装寄りの設計もあるけれど)。こういうのは,コーディングのようなミニマムなテクニックの話じゃないし,また,Web2.0 みたいな大枠の「コンセプト」とも違う感じがします。

ただ,似ていることと同じことは違うわけで,法律と(広義の)プログラミングの違いも考える必要があるんじゃないかと思います。端的に言うと,「権力の性質」が全く異なると思うんですね。もっと具体的には,権力の「見え方」が違うと思うんです。

プログラミングの場合,作り手が神様なわけで,さらにそこら辺が意識できない仕組みになっていたりします。むしろ,作り手の価値観を隠蔽する仕組みがうまくできあがっているのが,プログラミングであり設計技法だと思ったりもするんですね(やや暴言が入ってますが)。特にウェブサービスなんかではよく思うんですけれど,一見公正に見える「多数決システム」も,「中の人」である設計者はいろいろな意味で独自の価値観を発動していたりします。他人をして特定の価値観に従う(あるいは従わない)ようにする力を権力だとするなら,プログラミングは十分に政治的なんじゃないでしょうか。けれど,こういうもんが利用者から見えることは,普通ない。むしろ,見えちゃいけない。また,ルールと異なる振舞いも,おいそれとはできない「仕組み」になっています。ルールというよりは,むしろ「環境」ですね。

法律の場合はというと,警察が人前で逮捕したり,死刑があったりとかいった具合に,権力が生の形で見えるんですね。「法の想定外」なる行為も,やろうと思えばできないことはない。で,こういうのは,権力を認識しやすい分だけ分かりやすいと思うんです。認識できてしまうということは,対象にすることができるわけで,こういうもんはおそらく「環境」とまで言うことはできないはず。

プログラミングの政治性ってのは,あちこちでポロポロと出ているところではあるんですけれど,そのうち,もう少し大きな問題になってくるじゃないかと思ったりします。

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