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「学歴コンプレックスの人 vs 天然でなんとなく高学歴の人」の対決は見ていて面白い

2007年02月26日

こちらの話でしこたま笑わせてもらいました。

早稲田慶応についてまとめておこう。
慶応に会ったときは、まず「慶応はやはり下からエスカレーターで上がるのが本流なんでしょうねー」と振る。
大学から入学した人間はこれでイヤーな気持ちになる。

それで下から上がってきた人間には「すごいですねー、ずいぶんお金がかかったんでしょ?」と同情すると、ムカッとする。これで慶応には勝てる。

早稲田は東大のすべり止めという点を突けば簡単で、「東大に落ちたんですか?」「最近は早稲田は東大以上に難しいんでしょ?」「なぜ東大に行かなかったんですか?」「東大に行かないなんてもったいないですね」など、いろんなパターンで東大と比較すれば簡単に潰せる。

「旅先で出会う東大生はただの落ちこぼれなので、安心して馬鹿にしていい」(cuba16)

実際,世の中にはなんとなく自分が入った大学が高い偏差値だった,とかいう人がいるわけで,そういう人と対抗心剥き出しの人が対決するのを見ることが何度かありました。この対決は,傍から見ていると面白い。

あたしが見る限り,学校のネームバリューをいちいち持ち出している高学歴の学生ってのは,あまりいないように思えます。彼/彼女らにしてみたら,学校に入った後が本番なわけで,それぞれの生活なり勉強なりがあるわけですから,外部に向かって「どこどこの学校にいるんだよ,エッヘン!」みたいな感覚はあまりないんじゃないかと思います。インカレなサークルにでも入っていると,そういう態度が出ることもあるのかもしれないけれど,概ねあたしが会う人は自重している感じ。もしかしたら,人前で学校名を出すのはイケてない,みたいな共通認識があるのかもしれませんけど……。

一方で,天然でなんとなく高学歴な人ってのは,学校のネームバリューに対する認識すらあまり無いみたい。この,ネームバリューを過剰に意識する持たざる者と,ネームバリューをほとんど意識しない持てる者の対決は,言外にあるいろいろな「意味」のやりとりを見るのが面白いです(※持てる者/持たざる者という区別は,「高学歴か否か」という区別をしているだけで,ここでは良い意味も悪い意味もありません)。その言外の「意味」というのが,引用の本文にあるようなこと。要するに,イヤミですね。天然な人は,こうした言外の「意味」を読み取りませんから,話が微妙に噛み合っていなくて笑えます。

例えば,上の例に言うような「勝てる」とか「潰せる」とかいった話の場合,片方は「勝った」とか「潰した」と思って御満悦な一方で,もう片方は「楽しいお喋り」といった感覚だったりする会話に出会うことがあります。どっちもハッピーだから,それはそれでハッピーエンドだし,見ているあたしも面白いから,なおグーです。

この歳になると,周りで学歴の話も出なくなるもんで,こういう対決は久しく見ていないんですけれど,もう一度見てみたいなぁ……あの対決。ほんと,面白いんですから。

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