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自己満足に対する恐怖とエスタブリッシュメント

2007年03月21日

梅田さんが名文を書いている,ということで,ちょっと書かせてもらいます。

それでもっと悪いのは、ダメな大人の真似をして、自分のことは棚に上げて、人の粗探しばかりする人がいることだ。そうすると利口に見えると思っているかもしれないけど、そんなことしている暇があったら自分で何かやれ。

My Life Between Silicon Valley and Japan - 直感を信じろ、自分を信じろ、好きを貫け、人を褒めろ、人の粗探ししてる暇があったら自分で何かやれ。

手を動かさないくせにあれこれ言う人ってのは本当にいて,「そういうあんたは何ができるんだよ」と思うこともしばしばです。けれど,反面,「自分を信じる」ことはできそうでなかなかできない。あたしゃ,近頃周りから「自分を過小評価しすぎ」みたいに言われてるんですけれど,実際,自分がやってることなんて大したことじゃないと思っているし,学ぶべきことは(この歳になっても)まだまだたくさんあると思っています。

それは,つまるところ「自己満足に陥らないための予防線」なわけで,対外的な関係では「クネクネにならないための予防線」でもあったりします。この予防線を他人にも求めるのか,といったところに,「日本人は人を褒めない」といった文脈が乗っかってると思うんですね。決して自己満足のためだけではないぞ……と。

あたしの場合,赤の他人がどう行動しようと知ったこっちゃないので,他人の批判は極力控えるし,批判するにしても立場の違いを踏まえた上でするように,心掛けているつもりだったりします……(実際にできているかはともかく)。個人的な戒めを他人に求めたって,あたしゃ何も得しないですしね。同様に,他人様のいいところを見つけても,通常あたしゃ何も得することがありません。結局のところ,あるのは,自分が求めている世界なり妄想なりとの関係で,その人なりコトなりがどのように位置付けられるのか,といった「俺ランキング」の中の話というわけです。それを他人に押し付けても意味がありませんよね。

一方で,俺ランキングの源である「好きなこと」を探すのも,これまた一苦労です。梅田さんは直感を信じろ,というけれども,基本的に純粋な直感ってのは(少なくとも傍目がら見る限り)狂気でしかありません。自由に生きているように見える人も,「自分(あの人)は○○と比較して自由だ」みたいな具合に,自由の中身を固めていると思うんですね。当の梅田さんの議論も,「エスタブリッシュメント」とか「大人」のように「対抗するもの」を措定して初めて成立する話だったりします。

あたしゃ割と昔から,こうした話に興味を持っていて,「自由に生きるってのはどういうことなんだ」とか「支配(しない|されない)生き方ってのはどういうもんなんだ」とかいった話を考えていたのでした。いや,そんな高尚なことではなくて,単に「世の中楽に渡り歩きたいなぁ…」みたいな話なんですけどね……。対抗する価値観に対抗しても,それは単にアンチなだけで,自由ではない。で,そこで出た結論のひとつとして,「ネタとして生きる」というもんがあります。「本当のこと」とされていることから自由になるには,それしかないんじゃないかなぁ,と。これは,もちろん個人的な人生訓でもあるし(言ってて恥かしいな),政治的な戦略でもあるはずです。

んでもって,新しい発想なり,価値観なりというのは,アンチでもエスタブリッシュメントでもない,こうした土壌から生まれるんじゃないか,と思っています。こういう態度は,おそらくかなり孤独な作業になるだろうから,真顔で他人に「やれ」とはとても言えないことなんですけどね。

と……あれこれ思う三十路前の春。明日は Dual Pentium III マシンを作るぞ,と。

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