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「法が現実に追い付いていない」という言い回し

2007年04月23日

まぁ,そういうところは多々あるんでしょうけどね。この言い回しは安易に使わない方がいいな,と。というのも,この文句が出ると,大抵論旨全体がトンデモになりがちだからです。

トンデモになる場合を挙げてみます。

  • 「現実」という言葉が単に特定の事例だけを指していて,一般化に耐えられるもんじゃない場合。
  • そもそも,それが「追い付く」べき目標なのか,法律的・政治的に議論がある場合(論点がズレる)。
  • 他の法律等々で手当てがあるのに,そのことについて無知な場合。
  • 明らかに,その法律を当てはめるべき事例じゃない場合。

変則型としては,いつだったか某氏のエッセイだかなんだかで(新聞だったかな),通信傍受法(いわゆる盗聴法)の話があったんですけれど,そこの結びにあった話が思い出されます。

これからは封書でやりとりしましょう。

もう……なんとういか……。こっちは時代に追い付きすぎていること(封書を取り締まらないで通信を取り締まること)を揶揄する論旨だったんですけれど,こういう一言で本文全体の信用というか権威というか,そういうもんがダイナシになってしまいます(参照:刑事訴訟法100条)。なんだかなぁ……。

逆に言うと,こうしたプロパガンダちっくなザックリとした話よりも,「現実」なり「追い付く」ことなりを内省している文章の方が,議論全体にとってはいい燃料になるんじゃないかと思ったりもします。この文句,ほとんど思考停止を宣言しているようなもんですもんね。

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