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理屈と土俵

2007年04月29日

学生の頃,入っていたゼミの先生が,しきりに「土俵」の話をしていたことを今頃思い出しました。いや,土俵の概念は大切だなぁ……と。

ここで言う「土俵」というのは,あたしの理解で言い直すと,「理屈が通じる範囲」とか「議論が成立する場」とかいった意味合いの言葉です。理科系の向きにはあまりピンとこないかもしれませんけれど,少なくとも文科系の場合,議論のお作法というものがあります。そういったお作法が通じる場を称して,「土俵」と読んでいたと思うんですね。

例えば,ある経済学者が「憲法改正はホゲホゲすべきだ!」みたいな話をしたとして,これが法律学に影響を及ぼすことがあるかというと,そういうことは滅多にない。この時,憲法改正云々の話の枕には「経済学的に言うと」といった文句がくっつくわけで,「ソレはソレ」といった扱いになることが多い気がします。これは,単純に経済学的な視点だけが,憲法改正を説明するための方法論ではないから,でもあるし,また,法律学自身も公法学的な理論体系が憲法改正そのものと直接結び付くことじゃないことを知っているからなんだとも思います。ときどき,法律でしか物事を考えない向きが「法律バカ」と揶揄されることがあったりするけれど,おそらく,こういう言葉は他分野にもあるはずです。

んでもって思うのは,「学際的な知識と教養を身に付けよう!」とかいうことではなくて(それも大切なんでしょうけど),少なくとも,自分の理屈が通用する範囲を相対化して認識しましょうね,ということだったりします。

あたしゃ,以前から自分の立ち位置を踏まえることは大切だ,みたいなことを言ってる気がするんですけれど,自分の理屈が通用する範囲を把握しておくことは,割と重要なんじゃないかと思っています。巷では,「論理性」なるもんがあれば,万人に通用する議論を展開できる,なんて思い込んでいる人も見るけれど,論理なんてのは前提中の前提なわけで,それだけを踏まえただけじゃ話は通じても議論が成立するとは限らない……。その論理に乗っけるお作法も気にしないといけないな,と,最近つくづく思うわけです。

この話を思い出したのは,ブロガーの作法云々に対する批判なりなんなりを読んでのこと。この文章で,Tim O'Reilly 氏がどのような立ち位置に立っているのか,あたしゃ読み取れなかったんですけれど,それはこの行動規範を批判する側についても言えるわけで,要するに空中戦を展開しているとも言えるわけで,まぁ,それはそれで,ネットって楽しいな♪と思えた瞬間でもあったわけです。

おそらく,こうした話は O'Reilly 氏が定立した行動規範を「解釈」する際にも問題になるはずなんですけれど,それも空中戦を演じていることがあって,まぁなんとも壮絶な場面だな,と思いました。土俵の話で説明すると,批判する人と,解釈する人と,O'Reilly 氏が,それぞれに自分の土俵を作って,自分の他にだれもいない円の中相撲を取っている感じ,と言えば分かりやすいでしょうか……。

空中戦って,見てる分には楽しいんですけれど,やってる方はしんどくないんでしょうか……。

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