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9条の話はとりあえず措いといてその他の改憲論議の話

2007年05月18日

パッとは全部出てこないんですけれど,憲法の話では9条の他にも「改憲しなきゃどうにもなんねーだろ」な話題がいくつかあるのでした。で,どうせだったら,そういうもんも改憲論議の俎上に乗せてもらいたいと思ったりするわけです。

例えば,「参議院っていらなくね?」とか……(参照:参議院不要論 - Wikipedia)。

今度の参議院選挙で選出される議員は,今後憲法改正の発議に参加する可能性が高いわけで,そういう意味で言うと,「参議院っていらなくね?」な圧力にさらされる可能性も(比較的)高いんじゃないかと思います。んでもって,そういう圧力に耐えられる(「やっぱり参議院があって安心だね!」となるような)候補を,各政党がどれだけ立てられるか,というのが見物のひとつになるんじゃないか,と。

そういうところで,自民党あたりが三浦知良を候補に挙げようとしているのを見たりしていると,心底「参議院いらねんじゃね?」と思うわけで……。まぁ,断ったそうなので,この話はこの話でめでたしなわけですけど。

あと,個人的には,いわゆるプログラム規定とされている条文(25条とか)(参照:プログラム規定説 - Wikipedia)についても,なんらかの法的な手当なり根拠なりを与えるようにした方がいい気がします。生存権がかなりの程度「ポーズだけ」の状態になっているってのは,なんとなく気持ち悪い,というか,「書いとく意味あるの?」とか思うんですね。要らないなら消しちゃえ。要るならちゃんと書け。

もうひとつ,道州制についても92条あたりの話として,ずいぶん前からくすぶってるわけですけれど,少なくとも憲法の態度としてこれを許容するのか禁止するのか,ある程度の解決を与えた方がいいんじゃないかと思います。

9条に限らず,日本の憲法は解釈でカバーしてきたところが少なからずあるわけで,そこで生まれた判例や先例はいろいろな意味で財産と言えるんだと思います。けれど,判例や先例はそもそも民主的な色合いが相当薄い。んでもって,そうした判例法や先例法が,理論的に言えば憲法制定権力の下に置かれているのかと言えば,元からちょっと怪しいんじゃないかと思ったりします。そのうち行なわれるであろう改憲論議が,「日本人による日本の憲法」なるものを標榜するんだとしたら,こうした「日本人の一部による日本の憲法」についても,ある程度民主的な解決を与えるべきなんじゃないかと思ったりするわけです。

まぁ,どうせ改憲論議が始まるんだったら,他の怪しげなところもちゃんと取り除きたいってだけなんですけどね。いずれにせよ,新しい憲法が良いもんになろうと,愚かなもんになろうと,それは(棄権者も含めて)それぞれの責任と直結するわけで,「憲法をヒトゴトとして扱えなくなる」といった重要な効果ももたらすはずです。将来の日本国民にありがたがられるか迷惑に思われるかは,また別の話ですけど……。

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