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ドコモの広告に見る CGM 的戦略 - または反発して動員されるの例

2007年06月06日

J-CAST ニュース : 大前研一にこきおろされた 「そろそろ反撃」ドコモCM

否定的であれ肯定的であれ,「呼び声」に応じることを「動員される」という……。広告というのは,応じたもん負けなわけで,何かしらの「反応」があれば,それだけで広告の役割を一定程度果たすんじゃないかと思うんですね。そういう意味で言うと,「スゲー」であろうと「ウザイ」であろうと「経営的に云々」であろうと,ドコモが差別化されたことには違いがない。「沈黙は最大の侮蔑」みたいな話を以前書いたけれども,結局反応しちゃったら,同じ土俵に立っちゃってるんですね……ゴニョゴニョ。

特に,今回の CM のうまいところは,「そろそろ反撃してもいいですか?」という,どうとでも取れるようなコピーを前面に出したことだと思います。つまり,メッセージ性が極めて希薄だということ。この点で,冒頭の記事には以下のような評価があります。

「若者受けする『新しさ』『カッコ良さ』を前面に押し出す戦略だが、携帯利用者からは『イメージ先行で分かりにくい』という声も漏れる」

J-CAST ニュース : 大前研一にこきおろされた 「そろそろ反撃」ドコモCM

イメージなんてもんは,はなっからない。この広告は,イメージ戦略の文脈で読んでいると,意味不明になるはずです。当然,メッセージなんてもんもありません。この広告は,まるで,巷にドコモの話題を乗せることだけ意識しているかのような印象です。

じゃあ,中身は誰が宣伝してくれるのかというと,冒頭に出た「呼び声に応じる人」であり「動員されている人」だと思うわけです。大前氏なんかは,見事な釣られっぷり。しっかり話題作りに貢献しているわけで,批判してるんだか賛同してるんだか,よく分からないことになっています。

考えてもみると,広告の肝であるメッセージを他人に委ねるということは,広告の受け手を相当信用しないとできないことなんじゃないかと思います。その一方で,広告の受け手の1人がネガティブな評価をしたとしても,それは「多数の中の一意見(感想)」として処理される。

この戦略は完全に同業他社に反発し、それを打ち負かすことだけを考えたものです。

大前研一「ニュースの視点」WEB:KON162 トヨタの“謙虚さ”とDoCoMoの“傲慢さ”から見える経営の本質

大前氏がこんな風に言ったところで,それはどんなに頑張っても「多数の中の一意見」に過ぎません。しかも,ドコモが自身の劣勢を自覚しつつ,それを逆手に取って(いわばネタにして)このような広告を打っているとしたら……。ここら辺がとても CGM 的だと思うわけで,メディアの発信者がその内容について責任を負わないまま,巷に話題に乗せることができる仕組みなんじゃないかと思うんですね。責任を負わないためにも,また,誰かしら何か(たとえ「ウゼー」の一言でも)言うための素地を用意するためにも,あえてコピーに「意味」を盛り込まない戦略を採ったんじゃないかと思ったりします。

広告そのものの流通速度よりも,広告にまつわる言説の流通速度の方が速くなったといったところでしょうか。挑発的な文句は,そうした「まつわる言説」に乗っけるお約束みたいなもんなんじゃないかと思ったりします。まぁ,要するに「釣り」なわけですけど。

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