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面倒臭い話を無意識にスルーしていることがあっていかんと思った

2007年06月12日

この頃,人の話をちゃんと聞いていない気がします。もうちょと言うと,他人の話に対するリソースの振り分け方にムラがあるといった感じ……これまでは,くだらない話も「クダラネェ!」とか反応していた気がするんですけど,今はそんな反応すら無くて自然にスルー。無視しているという意識すらなくて,元から無いことにしているという……。

例えば,今日読んだ雑誌にどんな広告があったか思い出すのは,結構苦労しますよね。スルーの程度からいうとそんなところです。脳味噌がリソース不足なのかしらん。

で,これは(きっと)マズいことなんじゃないか,と思うわけです。

スルーしている話は,自覚しはじめたところではこんな感じ。

  • センスの無いギャグ
  • 他人の妄想
  • 他人の政治信条(というか価値感の表明)

「他人の妄想」あたりは,結構敏感に反応して話題に便乗していた気がするんですけど,この頃どうも面倒になっているような……。てか,他人の妄想に付き合うのって,こんなにエネルギーの要ることだったっけ?

あとは,他人の価値観の表明なるもんにも,以前より関心を示さなくなってきた気がします。他人の価値観って,多様に見えるようで,案外バリエーションに乏しいみたい。少なくとも言葉にすると,みんな同じようなことを言っているように思えます。「美しいニッポン万歳万歳!」「格差!格差!」「モテ・非モテ」……。で,同じような話を聞くと「あー……またその話か」みたいな感じになって(多分),脳味噌がスリープモードに入ってしまう……と。これって,あれか?演歌が全部同じように聞こえるとか聞こえないとかいう……云々。

あたしの場合,ときどきこんな感じに無感動になる時はあるんですけど,そういう時は大抵周囲の話題が倦んでいる(活発に対流していない)時だったりします。けど,この頃は個人的にも特定の話題に対して飽きっぽくなっているんじゃないかとも……。

とりあえず,録り溜めてあるマスター・キートンでも見ておくか……何かいい刺激が見つかるかも(ねぇな)。

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