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最近「職人だなぁ」と思った人のこと

2007年06月17日

巷には「プログラミング言語の比較話」みたいなもんがあって,ホゲホゲの言語は使いやすいとか,ホニャララの言語は遅いだのとかいった話があるんですけれど,こういうのは結局趣味とか好みの領域なわけで,職人の話とはちょっと違うなぁ……と思っている,今日この頃なのです。

あたしが考えてる職人ってのは,一言で言うと「筆を選ばない」というか,「筆にこだわらない」というか,要するに,「コレじゃなきゃできないのボクチン」みたいなアマちゃんな言葉を口にしない人です。こういう人は,周りを見る限りあまりいない(「周り」が狭いってのもあるんですけど)。それは言語の話だけではなくて,Windows と MacOS の比較話とか,Linux はバッチリだけど HP-UX はてんでダメなの……ボクチン,みたいな話も同様。そういえば,Windows Server のセットアップはできるけど,AD(Active Directory)は好きじゃないので触れません,とか堂々と言う人もいたな(趣味ではない場面で)……ビックリだ。

で,そういうのとは正反対に,個人的な好みを持ち出さないで,要件になっている言語なり環境なりで黙々と作る人ってのがいるわけなんですね。というか,そういう人とつい最近話したんです。

Java や C/C++ あたりになじみのある人はあまり珍しくないんですけれど(というか,わんさかいる),例えば,Python で何か作ろうとかいう話になっても,身じろぎせずに「Python なんか使うの?変わってるねー」とか言いながら,黙々と作る……。実際,その人はあたしが見る限り,ほとんど「底ナシ」なわけで,この人どこまでいくと限界なんだろう……とか思っちゃいます。話したところ,言語の選り好みはしても意味がないんだそうで,目的のもんが目的に従ってちゃんと機能して,便利なプログラムとして世に出てくれればそれでいいんだそうな……。職人だ。もちろん,スケーラビリティ云々に厳しい話になったら,言語や環境を使い分けるそうなんですが。

あたしゃ,選り好みそのものはネタにもなるから「意味がない」とまでは思わないんですけどね。ただ,それを真顔の場面に持ち出して言い訳にするのは,なんともみっともないなぁ……とか思っちゃうわけです。つい最近,とある人と言語の比較ネタで盛り上がったんですけれど,実際にその人が使ったことのある言語は,話に出てきた言語の中でも数種類だったという……。どうも,言語ネタ(大抵は悪口)は外から仕入れているようで,実際に使ってみて思ったことではなかったみたい。なんだかなぁ……。真顔の場面でこんな話を持ち出してたら大変だ。

あたしゃ時々思うんですけれど,プログラミングなりなんなりってのには,知識的な部分ももちろんあると思うんですけれど,身体論的なもんもあると思うんです。身体論的というのは,例えば,野球選手がボールを打つときの(言語で表現できない)コツであるとか,ピアノの演奏家がきれいに音を奏でるときの(言葉では表現できない)コツみたいなもんです。こういうのは,実際にやってみないと分からない。ハードウェアの世界には,そういうところが分かりやすく出てくると思うんですけれど,ソフトウェアにもそういうもんがあると思うんです。練習しないと身に付かない,みたいな……。

結局のところ,職人さんってのは,そこら辺に長けていると思うわけで,なんつーか,話していると「練習量の差」みたいなもんを垣間見ることがあるんですね。で,身体的なアレコレを獲得している人にとって,言語の選り好みみたいなもんは,瑣末な話にしか映らないんじゃないか,と。かなり飛躍してるんですが,身体論的には(実際に話してみると)そんな風に思ったりする今日この頃なわけです。ゴニョゴニョ。

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