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テキトウメモ - SBM で面倒なのは罵倒よりも意味不明の言動

2007年07月14日

ちょっとメモ風に文体を変えてみよう。

罵倒のコメントはメッセージとして成立しているから,対処の方法はいくらでもある。けれど,意味不明のブックマークコメントは,まったくもって対処のしようがない。そのコメントが「呼び声」として成立していないのは,書き手の自己満足のせいなのか,それとも受け手の認識力欠如のせいなのか。──もしかすると,書き手の受け手に対する「甘え」なるものもあるのかもしれない。「察してくれ電波」のような。

そもそも,ブックマークはブックマークという体裁をとっているのだから,そのコメントが「メッセージ」である必要はない。「しおり」はさむ人は,なぜそこにしおりをはさんだのか,他人に説明する必要はない。しかしそのことは「そこに理由はいらない」ということでもある。なぜなら,今の自分は将来の自分にとってみれば他人と同じだからだ。SBM の動物的で感覚的な UI はそれを助長する。

いずれにしても,ブックマークのコメントをその受け手が読む場合,まずもって「メッセージなのか」といった問題に直面することになる。受け手が何か反応すべきコメントなのか,それともただの独り言なのか。これを判別するのは相当難しい。もちろん,独り言とメッセージを取り違えたところで,これといった害はない。しかし,そうした判断を迫られるということは,それ自体,反対から見れば,正当なメッセージをメッセージとして取り損なう可能性が高まることをも意味するのではないだろうか。

したがって,本当にメッセージを伝えたいと思うなら,ブックマークでしようなどとは思わないことだ。そのメッセージはメッセージとして取り扱われない可能性を内在的に孕んでいる。

その意味で考えると,罵倒コメントは「罵倒」として認識できる分だけまだマシだと思うし,罵倒もひとつのコミュニケーションだと考えれば,「マシ」というほど粗末なものではないとも思う。罵倒としてすら認識されない言動は意味不明のまま相手に伝わらず,それを見る他の人間にも伝わらず,将来の自分にすら伝わらず,ネットに漂い続けるのだ。そうしたコメントを集めてコンテンツを作ってみるのもいいかもしれない。少し狂気じみたモノができる予感がする。

つまり,結論となるのはこういうことだ。「罵倒」するなら「ちゃんと罵倒」しよう。

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