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テキトウメモ - 柳原可奈子にみる文脈の侵食

2007年07月23日

カリスマショップ店員ネタの柳原可奈子の芸は,磨けばもっと美しくなる,とつらつら……。同様に友近も。

ふたりの芸はある意味古典的なもので,パロディやものまねの類に分類されるんだと思います。近頃は,世間的な風刺を衒った芸がいくつかあるけれども,風刺をする際に効果的だと思うのは,やっぱりパロディ的なアプローチだったりします。パロディは文脈を内部から侵食する。

あたしたちは,わけの分からないモノやコトに遭遇したとき,それに対してどのような態度をとればいいのか,とまどうことがあります。例えば人なら,その人が次にどのような行動に移るのか予測できなかったり,どのような言動を発するか分からない,といった具合。

そういったモノやコトを理解するのにまず考えられるのは,別の誰かから「こういう人ですよ」と教えてもらう(対象化してもらう)ことです。いわば,その人の外部から名指しなりキャラ付けをしてもらう方法。けれど,「こういう人ですよ」と名指しなりキャラ付けを行なうには,それ以外のキャラ付けの余地を与えないだけの「権力」が,名指しを行なう人に備わっている必要があると思うんですね。例えば,細木なんちゃらみたいに,ある程度のカリスマ(どんなカリスマなのかは知らんけど)が必要になるわけです。もっと端折れば,こういうことをするには,とてもエネルギーが要るということ。

同様に,あるモノやコトを外部から指し示す芸としては,桜塚やっくんまちゃまちゃの芸があります。けど,こちらも,モノやコトそれ自体を指し示すために,自分の周りにある程度「なんでも言っていい場」(形式的であれ)を作らなくてはいけません。この作業は,(本人の芸がイケてるかはともかくとして)すごく骨の折れることなんだと思います。

余談ですけれど,ネット界隈でもキャラ付けをする人を見ることがあるけれど,ある程度影響力(!)がある人のそれじゃないと,成功することは難しいようです。こういうことは物理的に強くないとできない。

じゃあ,パロディの場合はどうするのかというと,本物とは違う(けれどそっくりな)偽物を用意して,本物の文脈を乗っ取る方法を採ります。ここら辺が巧妙なところで,実際の本物がどうであれ,乗っ取った文脈を利用して間接的に(内部から)本物にキャラ付けしていくというわけです。少なくとも,あたしにはそのように見えます。柳原可奈子の芸はちょっと対象が狭すぎるので,もう少し視野が広がると面白くなるんじゃないか,と,えらそうにもつらつら……。

一方で,この方法は,例えばブログなんかの「言い回し」にも応用できると思っていたりもします。あたしゃたまに人の文体を真似して書くことがあるんですけれど,この時の開放感はまるで自分がアルファブロガーにでもなったんじゃないかと錯覚するほどだったりして(大袈裟だけど)。それに自分が脚色を加えることができるってのも,小市民ブロガー(!)としての楽しみだったりします。自分の文体を追い求めて,「文章作法」の類を読んだり,自分探しをしたりするよりも,よっぽど楽しいですよ。

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