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学校的セキュリティ観を分類してみる

2007年08月09日

IPA が「情報セキュリティ標語・ポスター2007」と題して標語云々の入選作品を発表しています。「全国105の小・中・高等学校」からの応募があったんだそうで……おそらく学校の授業や課題の一環として募ったんでしょうね。

で,個別の作品はそれでいいんですけれど(何がいいんだか分からないけど),全体を見ていると,どうも学校教育的な傾向が見てとれて,なんだかなぁ……な感じになってしまいました。「学校教育的な傾向」というのは,つまりなんというか,先生への提出物について高評価を得られる原型を踏襲しているというか,もっと分かりやすく言えば,いい子ちゃんな作品というか,そういう感じです。もちろん,いい子ちゃんはいい子ちゃんで全く構わないんですけどね。けど,「先生への提出物で高評価を得られる原型」なるもんはたしかにあって,お題が「環境問題」だろうと「防犯」だろうと「車内マナー」だろうと,その「型」に当てはめれば,必ずいい評価が来る文脈はあるんです。例えば,以下のような「型」(括弧は典型のお題)。

  • みんなが心掛ければすばらしい社会になるんだよ系(社会マナー)
  • 悪い事を一度すると取り返しがつかないんだよ系(薬物・防犯)
  • 良いところもあるけれど悪いところにも気づこうよ系(節水・節電)
  • それは誰かに迷惑をかけてるんだよ系(啓発・環境・社会マナー)
  • あなたがやっていることは思っているほど軽いことではないのだよ系(社会責任・自己責任)

今回のお題は「セキュリティ」なんですけれど,新しめの分野のためか,当てはめる「型」にバラつきが出たように見受けられます。そのせいか,やや無理のある「型」に押し込んだように見える作品もちらほら……。「みんなが心掛ければすばらしい社会になるんだよ系」あたりは,特にそうなんじゃないでしょうか。現在のセキュリティ対策は,ひとりひとりの心掛けの総和が全体の利益になる,といった前提を捨ててるわけで,むしろ自分に危害を加える人が必ずいることを前提にしていますから。

個人的には,セキュリティ関係で当てはめやすいのは,「自己防衛の啓発」あたりだと思います。「何かなぁ?開けた時には もう遅い」があたし好み。不利益なり危害なりを漠然と暗示するのはあまり良くないかもしれないけれど,身に覚えのないファイルを開かないように,といった点に視点を絞っているところがグッドだと思います。「セキュリティ」を「セキュリティソフト」と誤解しているように読める作品もあるので,それらに比べるとずっと良い。

もう少しすると,標語の「お手本」が溜まってくると思うけれども,今は手探りなんだなぁ……といった感じです。

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