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食品偽装とか東京ミシュランとかちょっと思うんだけれども

2007年12月03日

かなり漠然とした話の割に,まぁ不謹慎な話なのかもしれないんですけれど,食品偽装の話にちょっと飽きています。「食の安全」とか「消費者の信頼」とか「公正な経済活動」とか……どれも大切な話ではあるんですけれど,偽装問題を切々と訴える人を見ていると(テレビでですが),なんというか,「この人何にそんなに怯えているんだろう……」とか思うんです。

例えば,崎陽軒のシウマイが販売停止になったわけですが……

横浜名物のシューマイの原材料表示が不適切だったとして、老舗の「崎陽軒」(本社・横浜市西区)が28日、製造・販売を停止したことが分かった。

同社によると、「昔ながらのシウマイ」など9種類21品目で、本来、原材料の表示は使用重量の多い順に記載しなればならないのに、タマネギよりも少ない「ホタテ貝柱」を上から2番目に表示するなどしていた。JAS(日本農林規格)法違反の疑いがあるという。【山下修毅】

<シューマイ>崎陽軒が製造・販売停止 原材料表示不適切で(毎日新聞) - Yahoo!ニュース

通常,これまで「うまいうまい」と言って食っていたものは,これからも「うまいうまい」と言って食うだろう,と考えるのが,正常な経験則だと思うんですけれど,そうした経験則よりも食品表示を優先させるのは,「動物としての人間」として,どこか欠損があるんじゃないかと思ったりするわけです。あるモノが食物として適切なものなのか,といった点について,制度的なお墨付きがないと判断できない,という意味で。

赤福の偽装が発覚した直後,あたしの周りでは「どうりで赤福って水っぽいと思ったんだよなー」とかいった話を聞きました。また別のところでは,「どうりで赤福って乾燥してると思ったんだ」みたいな話も……。どちらも「冷凍」からの連想なんでしょうけど,連想するもんが真逆でウケます。内心「ウソツケ」と思ったのは,言うまでもありませんが。

おそらく,こうした話はネガティブな話だけじゃないわけで,ポジティブな意味での制度についても言えるんだと思います。例えば,最近喧伝されていた東京のミシュランガイド。

MICHELIN GUIDE東京 2008 (2008)

日本ミシュランタイヤ (2007/11/22)
売り上げランキング: 2
おすすめ度の平均: 3.0
5 世界No.1の食事ガイド
3 題名に「東京」とつける資格無し
4 フランス人の寿司職人が増えるかな?

ガイドに載ってるお店の方には申し訳ないけれども,評価の多くは多分「気のせい」なんだと思います。あたしゃお高いお店に行ける身分じゃありませんから,評価の適否は分かりません。けれど,食品偽装の話が一巡して,上掲のような床屋談義を聞いた後からすると,「うまいもんがミシュランに載る」んじゃない,と確信をもって思います。うまいもんがミシュランに載るのではない。「ミシュランに載るものがうまいもん」なんだろうな……と。

つまるところ,「食」(しょく)なるもんは,人間以外の動物にとっての食物(しょくもつ)とは違うもんで,かなりの程度社会化されたもんじゃないんだろうか,とか思うわけです。社会化というのは,流通ルートや生産ルートがどうとかとかいった話じゃありません。文化的あるいは思想的な側面からして,「食」なるものに社会的な意味が浸透している,ということです。我々は,ただのトマトにすら,そこに社会的な意味を付与して食べている。もっと比喩的に言うならば,社会的な意味のまとまりを食べている,といったところでしょうか。

んでもって,さらに少し飛躍すると,このことは「食」という極めて個人的……というか個体的な分野すら,公共的に抽象化されている,とも言えるんじゃないでしょうか。公共的言説(キレイゴトとも言う)は,人の味覚までも左右してしまうんじゃないか,と。

そうしてみると,おそらく,食品偽装の罪の本質は,「消費者の信頼を侵害した云々」とかいった話よりも,もっと大きな枠組みで捉える必要がありそうです。それはきっと「みんなが食べているもんをマズくした罪」。

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