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ポストファミコン世代の復古主義

2008年01月02日

ようやく横浜に戻ってきました。明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いいたいます。

先日,10代後半から20代前半くらいの人とひとしきりゲーム話をしたんですけれど,復古主義的な立ち位置があるのかなあ,と感じるところがあったのでメモメモ。あたしが話した人はファミコンを知っていたけれど,どちらかというとスーパーファミコンで遊んでいたんだそうです。

で,どうも話を聞いていると,ゲームの「根源」というか「回帰する場所」というか,ともかくそんなもんが,ファミコンのタイトルにある……といった雰囲気だったのでした。あたしに気を使ってたのかもしれませんけどね。例えば,RPG の評価にしても,ドラクエや FF といったファミコンのタイトル(ハイドライドスペシャルやディープダンジョンも出ていた)を基準にしていて,「それと比べると今時の RPG は……」みたいな批評になっていたという。

あたしゃ批評そのものも面白く聞かせてもらったんですけれど,個人的にもっと面白かったのは,彼らが(リメイクではない)ファミコンのタイトルをほとんどプレイしたことがないということ。あたしみたいな回顧じじいが「昔は良かった」なんて言ってるもんだから,その影響を受けているところもあるんでしょうけどね。レトロゲームに対して,ほとんど無根拠にある種の「完全性」を見ているところがあって,興味深かったです。

もちろん,みんながみんな,こうした復古調の話をしていたわけじゃありません。こうした話をするのは,どちらかというと,硬派な部類に入る人。彼らは,ゲームだけでなく,ガンダムにしても一年戦争に重要な地位を与えるのでした。

ここで,こうした復古調の視点を「差異化ゲーム」やらなんやらと評価するのは簡単です。けれど,あたしが興味を持っているのは,こうした視点を与えるきっかけになっているモノです。つまるところ,批評を行うにあたって,なぜ復古調の視点を定点にしたのか,というところ。批評の視点として,復古調の視点(「昔は良かった」な視点)は珍しいものではないけれども,こうした視点が生まれるのは,大抵,現状の(起源や由来という意味での)オリジナリティが揺らいでいることが多かったりします。Wii や DS のタイトルのように,ゲーム概念が解体されるかのように見える今時には,もしかしたら必然の視点なのかもしれません。

ゲームについて,オリジナリティであるとか,帰るべき場所であるとか,概念の周縁を素描するモノであるとか,ともかくそういったものを規定する装置として,ファミコンはうまく使われているのかもなー……とぼちぼち思ったのでした。

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