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言葉で世の中が変わるかは分からないけれど政治には戦略が必要

2008年03月08日

こちらを読ませていただいて。

ネット時代になって地域・所得・国籍・社会的立場に左右されずにいろんな人々が自分の意見を言えるようになった。

しかし、相変わらずネットを使いこなせない人やネットと無縁な人も相当数おり、彼らは身内のコミュニティで共有される情報と既存マスコミの垂れ流す情報を元に行動する。インターネットを駆使する人間が思うほど世の中が変わったとは思えない。

言葉で世の中が変わると思うのは幻想

いらだつ気持ちはよく分かる……というか,数年前のブログブームでは,前韓国大統領の一件やネットメディアの政治性みたいなもんが大きく取り上げられていたわけで,それを期待してネット上に発言しはじめた向きは,いらだつんだろうな,とか思います。盧武鉉前大統領の一件とか,ホリエモンのアレとか,にぎやかでしたもんね。と,勝手にエントリの背景を推測してるんですが。

で,実際に世の中が変わるかどうかは分からないんですけれど,ネットが普及して思うのは,周囲に影響を与えるためのコストが下がったってなことだったりします。別の側面からみれば,政治にコミットするためのオプションが増えた,とも言えます。

「人脈・権力・資金力」でもって政治にコミットする戦略は,言ってみれば筋肉注射みたいなもんで,即効性があるし効果も期待できます。ただ,この戦略を取るとき,コストも無視しちゃいけないと思うんですね。効果は軟膏くらいでもいいから,お手軽にコミットする方法……なーんてもんがあってもいいわけですけれど,現実に一般庶民が取りうるオプションは限られていたのでした。やり方によっちゃ,軟膏も筋肉注射並みの効果を発揮するかもしれない。つまるところ,ネットそのものが世の中を幸せにしてくれるなんてことはないわけで,ネットそのものは効果的に政治にコミットするための一手段にすぎない,とか思うわけです。もちろん,「コミットしたい人にとっては」の話ですけど。

んでもって,今現在のネットを取り巻く環境を考えると,必ずしも効率的に政治にコミットすることができる仕組みにはなっていないと思っていたりします。投票システムもお粗末だし,集合知がどうとかなんて言われている言論環境さえ,便所の落書きとまでは言わないまでも,二条河原程度の環境。いくら言論が優れたもんでも,やり方がまずければ伝わらないわけで,伝わらない言論はただの独り言だ,と。

ネット上のメディアを政治化するのがいいことなのか,ってな話は,措いておくにしても,ネットで政治を語る場合は,ある程度の戦略性がないと意味がないなぁ,と思ったのでした。

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