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ジジェク読んでるからちょっとメモ

2008年03月22日

今ジジェクを読んでいるんですけれど,小飼さんが哲学者に不満を持っているのを見て,ちょっとメモ

否定的なもののもとへの滞留―カント、ヘーゲル、イデオロギー批判
スラヴォイ ジジェク Slavoj Zizek 酒井 隆史 田崎 英明
太田出版 (1998/04)
売り上げランキング: 683608
おすすめ度の平均: 5.0
5 王様は裸だ。

不満の中身は後に取っておくとして,まず,ちょっとこの引用の仕方はいただけないんじゃないか……と。

ジジェクは、別のインタビューでこう述べている。

Slavoj Žižek - Wikiquote

Daly: In a sense, would you say that the age of biogenetics/cyberspace is the age of philosophy?
Žižek: Yes, and the age of philosophy in the sense again that we are confronted more and more often with philosophical problems at an everyday level. It is not that you withdraw from daily life into a world of philosophical contemplation. On the contrary, you cannot find your way around daily life itself without answering certain philosophical questions. It is a unique time when everyone is, in a way, forced to be some kind of philosopher.
-- Conversations with Žižek by Slavoj Žižek and Glyn Daly (Cambridge: Polity Press, 2004), p. 54

「何らかの哲学者であることを強要される、かつてない時代」。その通りだと思う。かつては哲学以外に強要されるものが今よりずっと多かった。言論の自由以前に食い物がなかった。その二つが満たされた人の数がかつてないほど多い時代に今の我々は生きている。哲学者に給料を支払えるほど豊かな社会を、我々は築いたのだ。

404 Blog Not Found:哲学の耐えられない軽さ - 書評 - 人権と国家

インタビューをちょー訳すると,こんな感じです。

Daly: 遺伝子工学やサイバースペースの時代は,ある意味,哲学の時代だと思われますか?
Žižek: ええ。そしてまた,私たちが日常レベルにおいて,ますます哲学的な問題に直面するようになっているという意味でも,哲学の時代なのだと思います。これは,日常生活から離れて,哲学的な黙考に浸るようになった,ということではありません。それとは正反対で,ある哲学的な問題に答えなければ,日常生活を送ることすらままならなくなった,ということです。誰しもが,何かしらの哲学者にならなければならない,ユニークな時代だと思います。

ジジェクが問題にしているのは,日常レベルに哲学的な課題が侵入していることなわけで,少なくとも,「哲学者に給料を支払えるほど豊かな社会」みたいな,「ぜいたく病」的な話を問題にしているわけじゃありません。哲学の時代になった原因について,上の引用は直接言及していないけれども,遺伝子工学やサイバースペースとのからみで言えば,これらが原因のひとつだとして読むのが自然です。

例えば,本を買おうと思う場合,昔だったら近所の本屋に買いに行けばよかったわけで,哲学的な問題なんてなかったわけです。けれども,今時は Amazon に注文することもできるわけですね。そうしたときに,Amazon が Wishlist の個人情報を開示していた,なんて話が出たとする。すると,そこに哲学的な問題が出てきてしまう。「個人情報とは何か」とか「ネットにおける商売のあり方」とか「ネットの資本と権力」とか……そんなもん。たかが本を買うだけで,哲学的な問題に直面するわけで,それに(ある程度の)解答を与えなければ,本すら買えない……と,云々。まぁ,そんなことを言っていると思うんですね。お金は多分関係ない。

で,不満の中身。

現代における哲学には、批判はあっても提案が見当たらないのだ。

(snip)

しかしせっかく哲学者に給料を払っても、出てくるのは難読な批判ばかりとあっては、「強制された哲学者たち」は失望を抱くのではないか。もし誰彼もが哲学を強制されているのであれば、その負担を和らげるのが現代の哲学者に期待された役割ではないのか。

(snip)

誠実の提供は哲学者の仕事にあらず、と言われればそれまでなのだが、さすれば私としては哲学者に頼む仕事はありません、と答えるしかないのだ。

404 Blog Not Found:哲学の耐えられない軽さ - 書評 - 人権と国家

ある意味において(殊,現代思想において),哲学なるもんは「思考の枠組み(フレーム)」なわけで,何かしらの道を示すとか,真理を与えるとか,そういった類のもんじゃないと思うんですね。そういうのは,「道とは何か」とか「真理とは何か」といったあれこれについて,読み手がお題目を共有していたときにできた話なんだと思います。

けれど,今時の思想では「真理そのものが怪しい」とかいうことになっている。脱構築しちゃいなYO!みたいな……。この場合,むしろ受け手の方が,その哲学者とある程度問題意識を共有していないといけません。「ご提案」を口を空けて待っていても,食べ物を放り込んでくれる哲学者はきっといない。また,変な「ご提案」を掲げて放り込んでくる人物は,思想家として怪しい(と思う)。お金を払ってもそれは同じ。

単純な話,哲学的な問題に直面しないってことは,現状に鈍い人か,現状で幸せな人のどちらかなんだと思います。そういう人にとってみて,哲学者に頼む仕事はない,というのもうなづける話。逆にこのことは,哲学を求める人ってのが,現状に対して敏感か,よほどの不幸症ってなことでもあるんでしょうけど……。

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