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本日のくだらん本 - なぜ、できる人から辞めていくのか?

2008年05月03日

もともとこの手の人事コンサル本は S/N が非常に低いから買わないんですけど,ちょっと読んでみました。ちなみに,本書のタイトルは「なぜ、できる人から辞めていくのか?」ですけれど,この問いに対する答えは示されていません。最近ありがちな,「あんたの部下(若者)が何を考えているかオレが教えてやるよ」な本です。

なぜ、できる人から辞めていくのか?
小笹芳央
大和書房
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本書は,雇用の流動化にともなって,すぐ会社を辞めちゃう若者に頭を悩ませている,中間管理職向けの本。けど,本書を読んで,その通りに行動したところで,事態は改善しないと思います。というのも,この手の「若者代弁本」の思考の枠組みが,そもそも救いようのないオッサンぷりを示しているからです。あたしゃもう若者とかいった世代じゃないけれども,こういう思考の枠組み(というかもはや「ドグマ」)には,いい加減飽き飽きしてしまいます。

それは以下の記述に集約されます。「ニートやフリーターは大きな子供」と題された項。

彼らは子供なので、自分のやりたいことしかやりません。

そして、社会で働くことは最初から自己実現できることだと勘違いしています。

『なぜ、できる人から辞めていくのか?』(小笹芳央,大和書房,2008年,p172)

この言説(あえて言説という)は,ニートやフリーターに対する一般的な評価で,それは反面オッサンの思想・思考の支柱にもなっています。つまり,この言説は,ニートやフリーターに対するネガティブな評価,ということを超えて,オッサンのオッサンとしてのアイデンティティなり時代観なりを正当化するようにも作用している,ということ。どういうことか。

まず,この言説の根本的な発想は,ニートまたはフリーターを「ぜいたく病」と位置づけるところから始まります。つまり,

現代はモノが豊かにあるから,若者は根本的に安全な場所にいる。何があっても死ぬことはないのだから,自己実現,つまり「自分探し」のようなわけの分からんものに走ってしまうのだ。

ということ。

しかし,この時点で寄って立つところが根本的に異なります。少なくともあたしのような就職氷河期時代に若者だった人間の認識では,まったく正反対。つまり,自分達は,何かがあったら(あるいはちょっとしたきっかけで)職をなくす。住む家をなくす。つまり死ぬ……という認識。そして,この認識は,必然的に,「こんな風にしちゃった世代」に対する怨嗟として発現します。まぁ,怨嗟とは言わないまでも,どこかしらに不信感がある,と。

この話,5つくらい下の人からも,「こんな仕事が自分のスキルに結びつくのか分からない」といった話を聞くことがありました。会社内での価値ではなく市場価値を身に付けたい,といったことなんだそうです。それは,言うまでもなく,会社なり上司なりの評価を信用できない(既得権の確保に見える)ことから,市場の(公正な)判断を仰ぎたい,というところに端を発している。

その一方で,上記オッサンの若者認識は,ニートやフリーターに対するネガティブな評価以上の意味を持っています。つまり,

現代モノが豊かになったのは,オレ達が汗水垂らして働いたからだ。高度経済成長を支えたのは,他でもなくオレ達であって,現代の若者はそのおこぼれに預かっているだけなのだ。

ということ。

実際,経済的に見て高度経済成長にまったく貢献しなかった連中も(そういう連中に限って?),こんなことを言っちゃう。こんなことを言えちゃう。三丁目の夕日は赤かったとか言っちゃう。そういえば,東大で投げられた馬鹿げた火炎瓶の炎も赤かった。モノを豊かにしただけでなく,べらぼうな借金も残したことについては,見ない振り,見ない振り。「年金少なくなって困っちゃう」とかいうオッサンに向かって,「もらえるだけ幸せじゃんかよ,オッサン」と心の中でつぶやいている若者もいる,と。

結局,ニートやフリーターに対するネガティブな評価というのは,オッサンのアイデンティティを裏側から反復・補強するものであって,それ以上の意味を持っていない,と。人事コンサルによる「若者の気持ちを代弁するよ」な本は,大抵このククリで評価できるわけで,見方からして既にオッサンです。本書の著者である小笹芳央氏は団塊世代じゃないけれども,考え方はオッサン。

もっと言えば,それはヘンチクリンなパターナリズムとも結びついています。つまり,上のような言説は,以下のような HOW TO 本としても機能する,ということ。

モノが豊かで平和な(そして,オレ様が作った)日本での生き方(= シャカイでの生き方)を,そのおこぼれに預かる愚かな若者に教えてやるにはどうすればいいか。

本書でも,若者が転職を考えていることを示す兆候とその原因を,「病気」という位置づけているわけで,「治癒されるべき病」といった立ち位置だったりします。ここまでくると,もはや自分語りもいいとこなので,「会社を辞める若者」に対する処方箋として,まったく機能していません。乖離を深めるだけなんじゃないでしょうか。

しいて本書の使い途を考えてみると,実際,中間管理職にある人には反面教師本として利用できそうです。肩書きのない若手にとっての使い途としては(あまりないんだけれども),上司が型にはまった人かをチェックするための,チェックシートとしては使えるんでしょうか。よく分からんけども。

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