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視線の拡張としての通信インフラとか言ってみる

2008年05月17日

なんかですね,また本末転倒な話があったんで,ちょっとメモ。

政府の教育再生懇談会(座長・安西祐一郎慶応塾長)が6月にまとめる中間報告の素案が15日、明らかになった。有害情報から子供を守る観点などから、小中学生に携帯電話を持たせないことを提言。

NIKKEI NET(日経ネット):政治ニュース-政策、国会など政治関連から行政ニュースまで

どうも近頃つくづくと,こうしたパターナリズムってどっから出てくるんだろう,とか思っちゃうわけです。幼稚な比喩になっちゃうけれども,こゆのは,次のようなことを提言しているのと変わらない気がするんです。

世の中には,見てはいけないものがたくさんあるから,パパとママが,お前の目をえぐってあげるね……。

環境としての通信インフラは,これからも高度になっていくと思うわけで,こういうもんには早めに慣れた方がアドバンテージになるんじゃないか,と思うんですけどね。まぁ,素人の教育論は不毛になりがちだから,思うだけですけど。

ともあれ,むしろ問題だと思うのは,文字通り,子供がやっていることについて「『目』が届かない」あるいは「『目』を配れない」,子供の周囲なんじゃないか,と。その意味で言うと,上の比喩は次のように修正した方がいいのかも。

世の中には,見てはいけないものがたくさんあるらしいから,パパとママが,お前の目をえぐってあげるね……。

ケータイメールやウェブページってのは,言ってみれば,双眼鏡や望遠鏡よろしく,視線を拡張するツールだとも捉えられるわけで,人によっては,ほとんど身体化していると言ってもいいんじゃないかと思います。草薙素子みたいに,身体化を通り越して,「私がネットでネットが私」みたいなことになっちゃう日も近いんでねいかな(ちと非現実的か)。それを中毒とか依存とか言うかはともかくとして,現実にそういう視界がある以上,子供もいずれ見ることになる。

大人として,子供を「守ってあげる」とするなら(というのもアレなんだけれど),ケータイの利用方法を話し合うことで目を届かせるとか,子供の視界の先を(政治的に)整えてやるとか,まぁそんな方向にいかざるを得ない感じがします。どっちも難儀するだろうけど,簡単に目をえぐったところで,どうにもなんないでしょう,と。

エロ本の販売規制にしてもそうだけれど,どうも安易な(そして極端な)方法で済まそうとしている気がして,仕方がないわけです。

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