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予告と痕跡 - ネット空間で犯行予告は可能か問題

2008年06月14日

予告inに対抗して(?),はまちゃんが作った予告.out。スパム予防のためにメールアドレスを画像化するのと同じ発想なんだと思うんですけど,ネタ加減がいい感じです。

もっとも,予告outがやってること等々については,云々したところで「ネタにマジレス」とかいった話になるに決まってるので,それはそれで頑張ってください,とだけ云々。警察に通報する場で,笑い声を上げるような同僚のいる会社って,どんな会社なんだろう……とかは,ちょっと思うけど。

その一方で,そもそもの話になっちゃうんですけれど,そもそも,ネット上の自殺予告やら犯行予告やらってのは,本当に予告として機能してるんかいな,とか思ったりするわけです。予告として機能していない予告なんてのは,予告じゃないわけで,予告じゃないってことは予告を探すこともできない,と。

素朴な疑問として,自殺事件や(単独犯による)犯罪が起きて,それがネットがらみだったとき,テレビなんかで「ネットに犯行予告があった」ってな話が出ますよね。けど,これは一般に「結果の話」なわけで,「予告だったもの=犯行の痕跡」に過ぎない。じゃあ,犯罪が実行される前,つまり予告が予告である段階で,それを「現実と繋がりうる予告」と判断することができるんでしょうか。これが不可能だとすると,予告はむしろ「未来形の体裁をとった過去の痕跡」としてしか機能しません。

ここで,殺人等々の請負契約や,薬物の売買のように,犯罪を実行するにあたって連絡を取り合う必要がある場合は,一連の犯行の一部(罪体にはならんだろうけど)として,未来を予告します。というか,現実においても「現に行われているもの」として認識することができます。しかし,単なる単独犯の計画は,予備罪の場合は除くとしても,別にそれがなくても実行することができてしまう。また,もちろん,実行しないこともできてしまう。つまり,ネット上の計画=妄想は,ネット上では現在のものかもしれないけれど,現実においては純粋に未来を指し示すだけの「無意味なもの」に過ぎません。

そして,こうした純粋な予告がはじめて現実と接点を持つのは,犯罪実行後の時点に他なりません。それは,痕跡としてはじめて現実と接点を持つ。

予告inにせよ予告outにせよ,予告そのものをネタ化できてしまうということは,そもそもの段階で,ネットと現実が断絶していることを示しているとも思うわけで,まあなんでしょ……なんなんでしょね。

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