Entry

誰が秋葉原を劇場にしたのか - または消費のインターフェイス

2008年06月25日

誰もしてねーし,劇場でもねーよ,という話はさておき,こちらの話を読ませていただいて。

昔秋葉原にあったけど今はもうなくなってしまったお店はもう行くことができないので、記憶がなくなる前に思い出話を残しておこうということで思いつきではじめた「秋葉原の思い出の店」コーナー。「思い出」といっても、いい思い出だけでなく微妙な思いでも。ということで、第一弾は今でも強烈な印象が残っている「マハーポーシャ」。

秋葉原マップ:秋葉原の思い出の店 「マハーポーシャ」

秋葉原の特に裏通りってのは,もともとアングラな場所だったわけで,マハーポーシャに限らず,いろいろと怪しげなお店がたくさんあったのでした。1998年当時,あたしゃはじめてパソコンを自作したんですけれど,そこで買ったジャンク屋もかなり怪しかった。

2万円くらい(!)を予算にして,ジャンクでパソコンを組むことにしたんですけれど,買った5000円の福袋(年始だった)には,Intel 440LX と VIA Apollo Pro のマザーボードが2枚入ってました。あとは,どこに付けるのか分からないファンの類。買った後,ジャンクの怪しさと,ジャンク屋の怪しさに気圧されて,芳林公園で呆けてしまったことを覚えています。こういうことは,あまり胸を張っていえることじゃない。つか,秋葉原に行くってのは,そういうことだったんじゃないかと思ったりします。

もちろん,表の通りにはソフマップとかヤマギワ(現ソフマップ)とかがあったわけで,普通に買い物することもできたんですけどね。普通じゃない買い物も普通にできた(分かりにくいな)のが秋葉原だったんじゃないか,と。

以前,秋葉原がつまらなくなった,と,おっさんくさいことを書いたんですけれど,こういう怪しさがなくなってる感じはするんですね。危ない武器を売ってるとか,成人コミックの専門店があるとか,そういうのはまだ表の部分で,もっとコアなところがあったりしたと思うんです。コアな部分ってのは,例えば,分かる人にしか使い道が分からないもんを売ってる店とか(店の主人すら分からないことがあった),価値基準がちょっと壊れてるとこ(新品よりも中古が高いとか)とかいった具合。ああいう場所は,おそらく今後しばらくは現れないんじゃないかと思います。

劇場というのは,観客と演者がまみえるところなわけで,そこには観客と演者の間に,一定の共通したインターフェイスがあることを想定しているはずです。インターフェイスを共有することで,劇場は初めて劇場として成立する。んでもって,おそらく,今時のオタク(文化)というのは,そうしたインターフェイスを共有することにあるんじゃないか,と。その意味で言えば,このインターフェイスは「消費のインターフェイス」と言ってもいいかもしれません。

1998年当時にあった秋葉原のアングラさは,この点で,インターフェイスを欠いていました。それがアングラのアングラであるゆえんだったんじゃないかな,とかとか。つまるところ,秋葉原ってもっと孤独なところだったんじゃないかな,と……。んでもって,若いオタクは,もっと孤独であることに自由を感じられるようになるといいと思う,とかとか。まぁ,ほんと最近,おっさんくさいことしか言わなくなっちゃったもんで,もうなんだかね……。

Trackback
Trackback URL:
Ads
About
Search This Site
Ads
Categories
Recent Entries
Log Archive
Syndicate This Site
Info.
クリエイティブ・コモンズ・ライセンス
Movable Type 3.36
Valid XHTML 1.1!
Valid CSS!
ブログタイムズ

© 2003-2012 AIAN