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今時「技術的なすごさ」って求められてないんだと思う

2008年08月25日

こちらの話から。「凄い技術がウケるわけではない」ということでは共通しているので,下記引用に代表させてもらいます。

技術が凄ければユーザは勝手についてくる」という発想に出会う事があります。 それは、正しい場合もあれば正しくない場合もあると感じています。 最近は、得てして「技術だけ」ではあまり成功しないような気がしてきました。

Geekなぺーじ : エンジニアが見落としがちなこと

おそらく,今時「技術的なすごさ」ってのは求められていなくて,ユーザの生活から見て使い易いかどうか(身近な技術でありうるか),ってなところが重視されている気がします。昔はというと,「○○の技術を知らない(使えない)なんてオックレッテルゥー!」とか言えたわけで,つまり,「ある技術を扱えないのは技術が悪いのではなくて,あなたが悪い」とか,普通に言えてたんですけれど,こういうことを言えてた時代を知っているのは,あたしの世代でギリギリなんじゃないかと思います。

今時は,技術に人間が付いていくのではなくて,良い意味でも悪い意味でも,人間に技術がついていくのが善とされている気がする,と。「人間がある技術を使えないのは,人間ではなく技術が悪い」と。

ただですね。ここに今時の技術者としての分かれ道があると思うわけです。いくら風潮が人間寄りになったとしても,難しい技術はいつまでたっても難しいわけで,それを請け負う人ってのが絶対に必要になるわけです。そういった,難しい技術を難しいまま縁の下で請け負う技術者になるのか,それとも,既存 UI のデザインなり,操作感なりをちょちょっといぢって,アタラシメなものとしてマーケティングする技術者になるのか,ということ。どちらも必要。だけど,両者は確実に別々の道を作りつつあるし,これがひとつの道に戻ることはないんだと思います。

このことは,例えばフレームワークの制作者と利用者の関係や,ミドルウェア(RDB とか AS とか)の提供者と利用者の関係のようなもんに,スライドさせて考えることもできそうです。実際,Web アプリを作っている人で,DB の構造を知らない人はゴマンといます。Web アプリをバリバリ作ってる人に ISAM の話をしたところ,「ISAM って何?」と聞かれてビビったこともある。

彼の場合,難しい技術は難しいままにしておいて,自分は技術を人間に親しみやすい形に「変換」する役割を持っている人だ(とあたしゃ思っている)から,それはそれでいいんですけれど,今後もこういった二極化の傾向ははなはだしくなるのではないかと思っています。

一方,エンジニアとしての「食い扶持」を考えた場合,どちらの方が食いっぱぐれにくいんでしょう。ここら辺は興味のあるところです。個人的な印象としては,人間と技術の接点に立つ仕事ってのは,非常に水モノなんでねいかと思っていたりします。技術を積み重ねて一定の成果を出すというよりは,時流に乗り遅れないよう,または先読みして,人間と技術の接点を模索する役割だからです。おそらく,ここら辺は,参入する人の数からしても競争が激しいはず。

もっとも,日本企業の場合は,「すごい技術」なるもんがもともとあまり評価されないので(職務発明特許の例を見ても分かるように),縁の下の力持ちになって技術どっぷりになるよりも,技術と人間の「接点」に立っている方が,やり甲斐はある感じがするんですけどね。それも悲しいつか,なんつかね……。

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