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今読んでる本 - 『テレビ消灯時間』

2008年10月08日

ナンシー関の本を読んでいると,口調(文体)が感染ってしまう。話しっぷりが乱暴になるだけで,ナンシーのようなウィットは利かないんですが。

テレビ消灯時間 (文春文庫)
ナンシー関
文藝春秋
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おすすめ度の平均: 4.5
4 テレビの視聴方法
5 うーむ。

古本屋の100円コーナーに置いてあったナンシー本を全て買ってきて,今テレビ消灯時間の(1)(2)(6)まで読み終わったところです。実のところ,ナンシー本は『テレビ消灯時間(4) - 冷暗所保管』と『何だかかんだと』それに『秘宝耳』しか読んでないので,巷のナンシーファン(というのがいるらしい)からすると,洟垂れ小僧みたいなもんだったりします。んなもんで,あるもんを片っ端から。やっぱり芸があるなぁ……この人。

「テレビ消灯時間」は,1996年から収録されていて,TBS が憂き目にあっている様子とか(オウムの一件で),ワイドショーが衰退していく様子とか,まぁとにもかくにも,テレビ放送が壊れていく様子が描かれています。ネットとテレビの融合,とかいった話が持ち出されたのは,2005年だったけれども,ナンシーだったら,この2005年以降をどのように書いただろう。ホリエモンとか,きっと食いついたんじゃないだろうか。

一方で,本書を読んでいると,コラムの内容が洗練されていく様子もよく分かります。テレビ消灯時間(1)は,比較的感想文に近い(あくまでも「比較的」だけれど)。批評としての色を強めているのは(2)の後半くらいからじゃないかと思います。脂がのっているのは,やはり(4)の頃で,(6)は……なんというか,諦観の雰囲気すら漂っています。レトリックはすばらしいし,内容も的確なのだけれど,どこかしら物悲しい諦めが見え隠れしてしまいます。

亡くなってからもうしばらく経つけれど,テレビ批評に関する限り,ナンシー以上の批評を目にすることは全くなくなってしまいました。これもテレビにとっては痛い損失だったんじゃないか,とか云々。

ちなみに,(6)はページ数が足りなかったのか,山藤章二,南伸坊各氏との鼎談が掲載されていました。しかし,これはいらなかった。なんか話がかみ合ってないから。それぞれが,各テーマで言えるネタを披露しているだけで,この鼎談から生まれた話が薄かった。特に,男二人が持ち出すセンスがおやじっぽい。例えば,男二人のガングロコギャル評。

南 唇と目の回りを白くするのは、明眸皓歯の先祖返りだと思うな。黒くてほか何もなかったら、どっち向いてるかわかんないし。アクセントほしい。
山藤 全体にネガフィルム志向でしょ。本来は肌が白で、唇に濃いものを持ってきていた。それが逆転している。
南 ヤクザが黒いシャツに白いネクタイして、白い上着着るみたいな、ですか?
山藤 浮世の常識の世界をポジとすると、どこかでネガ志向があって世間と逆のことをやりたいんだ。

『天地無用 - テレビ消灯時間(6)』(ナンシー関,文芸春秋,2004年,p178)

もう,なんつか,「そうかもね」としか言えない。

あたしが言うのもおこがましいけれども,批評するに当たって,嫌いなもんに対する批評なら「嫌い」,と言うのが先だと思うんですね。あれこれ理屈をつけてから,その理屈に押し着せるかのように「嫌い」をほのめかすのは,やり方としてキタナイ。

また,そこで展開されている理屈も,「世間と逆のことをやりたい」とかいった,典型的な若者観で見ちゃってる。それが間違いだとも思わないけれど,エンタメとしてはありがちで,なんだかとほほな鼎談でした。ナンシー本はあと2冊。

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