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今日読んでた本 - 『日本語が亡びるとき』

2008年11月18日

昨日買い込んだ本を昨日のうちに読んでしまったので,昨日 Amazon から届いてた本を読んでました。梅田氏と小飼氏が手放しで賞賛していた例の本。こゆのは,普段自分が書店で見かけても,おそらく絶対に買わないような本なわけで,このタッグはマーケティング上非常に強いと,改めて思う。

日本語が亡びるとき―英語の世紀の中で
水村 美苗
筑摩書房
売り上げランキング: 24
おすすめ度の平均: 3.5
2 これは啓蒙書ではなく「作家のエッセイ」として読むべき本
3 語学を通して日本の危機を表現。
5 <普遍語>の力の前で
3 知的エリート層の方に勧めます
2 知っていることだけを語るのが良い.

梅田氏と小飼氏の紹介はこちら。

まだ3分の1くらいしか読んでいないので,全体の読後感は後で書くつもりです。ここでは,早くも飽きてきたという報告。「普段自分が書店で見かけても絶対に買わない」のは,タイトルからして既にありがちな論旨が想像されるからです。そして,早くも飽きてるのは,まったくその通りのありがちな論旨だから(今のところ)。これ,全部読まなきゃいかんのか。

本書の論旨ははしょって,読んだ方だけに分かるように書くけれども,本書にもある通り世界の言葉としての普遍語なるもんは,その当時の経済情勢なり政治情勢なりの影響をかなり受けます。かつてフランス語がそうだったのと同じように,今はアメリカが主流になっています。

そしてさらに,アメリカは,ある意味自覚的に覇権的な文化政策を進めてきたということもある。しかし,文学の領域であれ,ポップカルチャー(洋楽が著しい)の領域であれ,こうした議論は,遅くとも1980年代,もっと早くには1970年代頃から延々と続く話だったりします。んなもんで,本書で英語が普遍語とか言われても,今さら感が強い。

一方,現在は,中国の文化政策がアメリカと同様の路線を進みつつある。アメリカにおける中国語の学習者は,かつて多くを占めていた日本語のそれを抜いたとか抜かないとか。オバマが大統領になって,対中政策が緊密になれば,その傾向は強まるはず。他方,対外的な文化政策に関する限り,日本が取っている政策のショボさっぷりは相変わらずなので(今もひとりで舞い上がってオタクを持ち上げてるくらいだし),日本の立ち位置はあまり変わっていません。個人的には,日本文化は「フジヤマ」「ゲイシャ」「サムライ」のままでいいんでねいの?とか思っていたりします。

本書で唯一面白いのは,筆者の自意識過剰なまでの西洋コンプレックスです。いや,西洋コンプレックスだけではない。卑屈なまでの劣等感は,英語(ひいてはアメリカ)だけでなく,フランスにも,そして日本にも及んでいる。「極東」を連発するくせに,アメリカ人(あるいはフランス人)にはなりきれない。なら,日本に収まるのかといったら,日本文化についてもある種の劣等感を抱いている。これに加えて,少女趣味的な(『小公女』に憧れるような)物語と現実のギャップもあるわけで,なんつか,個人的なトラウマ語りがキツい一方面白いです。

まあ,梅田さんも勧めてることだし,もう少し読むことにします。それにしても,キツいな。

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