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本日の引用 - ダダが「健全な見世物」になってしまったことを物語っている

2009年01月13日

今読んでる本。著者の塚原氏については,学生時代に講義を受けたことがあるもんで,本当は塚原先生と書くべきなんだと思う。講義は10年経っても忘れてない。マイ名講義に殿堂入りしています。

ダダ・シュルレアリスムの時代 (ちくま学芸文庫)
塚原 史
筑摩書房
売り上げランキング: 110390
おすすめ度の平均: 4.5
4 変り種ダダ・シュルレアリスム論!
5 ダダ・シュルレアリスムの時代

ともあれ,今回は引用だけ。読み終わったら紹介するかもです。

夜八時半にはじまったこの「夕べ」のハイライトは、チューリッヒ・ダダの宣言の中で最も重要で、もっともよく知られている「ダダ宣言1918」のツァラによる朗読だった。彼の『チューリッヒ年代記』には、この夜のことがこう記されている。

「宣言、反テーゼ、反哲学的テーゼ、ダダ、ダダ、ダダ、ダダ、ダダの自然発生性、ダダの嫌悪、笑い、詩、静けさ、悲しみ、下痢だってひとつの感情だ。(……)運送屋の作業服が舞台に投げ込まれる。大学教育的知性の浅薄化に対して野生の側からの非難の叫びがわき起こる、等々(……)。」

たしかに、それはいつ果てるとも知れぬ騒がしい夜だった。外側から見れば運動は頂点に達していた。だが内側から見ればすでに退潮がはじまっていた。

(snip)

なるほど、集会への動員力という点ではこの「夕べ」は「ダダの決定的勝利」だったかもしれない。しかし、「前衛」を自負するグループがこれだけ多くの「市民」を集めたという事実、そしてそこで演じられたのが相も変わらぬナンセンス詩の「合唱」でしかなかったという事実は、ツァラの意図に反してダダが「健全な見世物」になってしまったことを物語っている。

※強調はaian。

『ダダ・シュルレアリスムの時代』(塚原史,筑摩書房,pp61-62, 66)

ダダ(DADA)は定義が難しいんですけど,教科書的に説明すると,「シュルレアリスム(シュールリアリズム; 超現実主義)以前にチューリッヒを中心にしておこった芸術文化運動」としておいて,間違いないと思います。引用にもある,トリスタン・ツァラが中心人物です。19世紀の世紀末的な行き詰まり感の中で,ツァラが「ダダ宣言1918」で唱えた

DADA NE SIGNIFIE RIEN (ダダハナニモイミシナイ)

は,言葉からその指示作用をもぎとる企てだった(当然,「ダダハナニモイミシナイ」という言葉も何も意味しない)。そしてこの企ては,芸術文化活動における行き詰まり感を打破する20世紀的なもの(新しいもの)として,パリ・シュルレアリスムに大きな影響を与えたのでした(と,書いてある)。

で,引用なんですけれど,これを引用したのは,前衛的であったはずのモノが,市民の「健全な見世物」に堕してしまう過程が,2005年頃から現在までのネット周りによくあてはまると思ったから。「堕してしまう」というと語弊があるかもしれないけれども,やはり,あの頃の乱痴気騒ぎは尋常じゃなかったと思うし,それはそれで意味があったのだとも思う。

なんつか,あたしの個人的な見方ですけれど,ネットは2009年に入ってから,ずいぶんと落ち着いてきた印象があったりします。ウェブ興行業者さんは,資本関係にしても,ビジネスモデルにしても,ある程度ブレの小さなころに収まってきたし,新興のウェブサービスも本当に真新しいものは見当たらない。ブクマも無難なニュースサイト記事がホッテントリになるのが普通になったし,個人プログラマは,お気に入りの LL で身の丈に合ったもんを作るようになった……。と,そんな感じ。大波が去って,穏やかなさざなみが岸に寄せたり返したり,といったところ。

ネットにしてもオタクにしても健全な見世物になった。「ホンモノ」は多分生き残ってるんだろうけれども,世間的にはそれもまたよし。

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