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言葉の解像度あるいは言葉の分解能

2009年02月03日

今朝,ふと「言葉の解像度」とかいった言葉が思いついて,一日中考えてたんですけど,ぐぐってみると割と考え付いてる人がいたみたいで,まぁそんなもんかと云々。

内容も同じようなもの。要するに,精緻な言葉で表現している状態を「言葉の解像度が高い」,逆に大雑把な言葉で表現している状態を「言葉の解像度が低い」とか言っている。あたしもそんな感じで思いついたのでした。お好みで,「言葉の分解能」でもいい。

例えば,グルメ番組なんかで,なんでもかんでも「あまいですねー」とか言ってる状態は,解像度が(相当)低い。その一方,山岡ばりに「まったりとしてコクがあり,それでいてしつこくない」とかいうのは,ウザイくらいに解像度が高い。ま,そんな風な考え方です。

解像度の高低は,精緻に表現しているかしていないかといった「状態」を表している言葉ですから,解像度が高ければ優れているとか低ければ劣っているとかいった評価には,直接結びつくもんじゃないんだと思います。この点,ぐぐった先では,解像度の高低を,そのまま言語能力の高低に結び付けている向きもいて,これはなんだかなあな感じ。

個人的に,解像度の高い言葉をもてあそんで喜べる時期ってのは割と若い時期なんじゃないかと思ったりします。あたしゃたまに,どうでもいいことをわざと精緻に言って言葉遊びをすることがあるんですけど,こゆのに食いつくのは若い人が多い。ブログなんかを読んでても,この解像度から年齢層をクラス分けできる感じもします。若い人ほど無用に解像度を上げる傾向がある気がするとか,云々。

一方,同い年かもう少し上の人と話すときは,精緻に話すべきことをわざと大雑把に話す(解像度を低くして話す)という高等テクニックがあって,こっちの方がが食いつきがいい。こゆテクニックがコケルと,オヤジギャグに結びつくんだろうか。ま,偏見に基づく傾向ですけど。例えば,いろいろと意味を含みつつ,「楽しいですね」と解像度の低い一言発するのは,悪く転じると「空気嫁」な話につながることもある。良く転じるとウィットが効くんですけどね。

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