Entry

Google 位置情報サービスに見る好況的発想

2009年02月08日

こちらの話から。

ケータイはSNS的というか、ソーシャルグラフそのものだし、いつも持ち歩くもんだからこんなサービスに最適。ロケーションベースのサービスってこれから花開くんだろうなあ。次にケータイ買い換えるときは、やはりディスプレーが大きいものにしよう。ワンセグ見るんじゃなくて、地図のサービスを使うために。

これに「ヒマ」か「忙しい」かなんかのプレゼンス情報が載れば「近くにいるんだし、ちょっとお茶でもしようか」ってことにもなるだろう。

湯川鶴章のIT潮流 powered by ココログ: グーグルのリアルタイム位置情報サービス

どうも思うのだけれども,友人なりなんなりが近くにいるかを知ることができるってのには,それなりに意味があるのだろうけれど(そういう使い方は,まずされないだろうが(後述)),相手が「ヒマ」かどうかを知るために,どれだけのコストをかけるんだろうか,と思うところがあったりする。普通に電話なりメールなりで聞きゃいいじゃんよ,とか。ま,こんなこと言ってるとオッサン呼ばわりされるんだろうけど。

ネットインフラっつもんは多義的で,どこを強調するかによってサービスのあり方は変わっていくんだろうけれど,位置情報サービスのように,「効率よく1箇所に情報を集中させる仕組み」としてのネットインフラなるもんは,きわめて Google 的だと思うし,ある意味で前時代的なものだと思ったりもします。特に,情報の収集範囲を(時間的にも位置的にも)リアルな場面に拡大させる発想っつのは,一昔前のアメコミの感すら漂う。個人的には,「物理的な位置を持たないこと」をネットの特徴として強調したいと思っているので,リアルな場面に依存したサービスなんてもんは,ある意味退行だと思うし,電話線が豪華になったくらいにしか思えません。つまり,寄って立つパラダイムが前時代的ということ。

一方,こうした位置情報サービスがどのように使われるのかというと,簡単な話で,監視に使われるんだと思います。友人がヒマかどうかを知るのに,位置情報サービスで判断するよりも,(今のところ)電話なりメールなりで確認する方が手軽だし確実です。他方,運送業者の配達員がちゃんと働いているかや,手ごろな労働力(派遣)が現場の近くにいるかを知る仕組みとして,位置情報サービスは非常に低コストで導入できる。登録したケータイを持たせりゃいいだけですから。経済合理的というのは,そういうことなんじゃないだろうか。

ま,サボりを推奨してるわけじゃないですけどね。労働空間なり生活空間なりの質の問題として,監視の効率をよくし過ぎるっつのは,あまりよろしくないんじゃないの?ということ。

Google の新サービスにしてもそうだけれども,好況的で楽観的な発想から生まれた仕組みなり技術なりっつもんは,大体において社会的な影響に関して考えが詰まってないことが多かったりする。好況なる状況が社会的に許容できる技術のリミットを緩めてしまっているようにも見える(多少ハメを外しても許される,みたいに)。実際,好況的で学生的な発想っつもんは,不況が来た時に駆逐されるもんなんだろうけれど,Google の発するこの無邪気さは,危険だとすら思う。思い過ごしだったらいいのだけれども。

Trackback
Trackback URL:
Ads
About
Search This Site
Ads
Categories
Recent Entries
Log Archive
Syndicate This Site
Info.
クリエイティブ・コモンズ・ライセンス
Movable Type 3.36
Valid XHTML 1.1!
Valid CSS!
ブログタイムズ

© 2003-2012 AIAN