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福祉活動に人権や道徳なんて野暮なもんを掲げるもんじゃない

2009年03月14日

こちらの話が微妙にはてな界隈で人気みたいなんだけれども……。

不況の深刻化とともに、路上生活者のための炊き出しに並ぶ行列が伸びている。そんな中、隅田川にかかる駒形橋(東京都墨田区、台東区)では、近隣住民からの苦情を受けて3月末で炊き出しが中止になる。ベテランのボランティア団体が12年続けてきた活動だけに、ほかの団体にも不安が広がっている。

asahi.com(朝日新聞社):炊き出しに路上生活者が長い列 苦情で中止、苦渋の決断 - 社会

期間の問題だけではないけれども,12年程度の活動では,周辺住民/環境と折り合いをつける時間として短かったんじゃないかと思う。はてブを見ていると,人権とか政治とかいった大きな話になっているところもあるんだけれども,こゆのは個別具体的な生活文化圏の話なわけで,ちょっと違うとも思う。

例えば,同じ台東区なら,山谷でやることはできなかったんだろうか。こういった活動は,いきなり人権とかいったゴツイもんを振りかざして(喧嘩モードで)やるもんではなくて,周囲の具体的な理解を得ながら行わないと,なかなか進まなかったりします(「仕方ない」という理解なんだろうけども)。

その点,あたしが住む横浜の場合,比較的こういう活動をするのに理解を得やすい地域があったりします。港町なこともあって,日雇いの労働者を受け入れる環境と歴史があるわけで,寿町はいわゆる三大寄場(どや街)のひとつに挙げられている(東京山谷,横浜寿町,大阪釜ヶ崎(あいりん地区))。あたしの身内は,少し前,この地区で住所不定・氏名不詳の方の就籍(戸籍を新しく作ること)調査をしていたんですけれど,この地区は,病気をしたら大変だけれども,放っぽり出されることはない場所,とか言っていた。

こういう場所について語るとき,あるいは自分がボランティア活動を始めるとき,「人権」や「道徳」みたいな概念が,どれだけ薄っぺらいもんなのか,実感する必要はあるんだと思う。ジンケンジンケンと言ったってお腹はふくれない,と,ただそんだけの単純な論理。

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