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Vista Aero に文句を言う人も Java を使うの話

2009年03月28日

かなり前の話なんですけど,某氏から Windows Vista Aero の話を聞かされて,ちとげんなり。なんでも,「OS の一機能のためにシステムのスペックを上げなくちゃいけない Windows Vista Aero は本末転倒」なんだとか。まぁ,よく聞く話で,あたしもそうだとは思うんですけどね。お前が言うな,みたいな。

こういう話って,プログラミング界隈でも同じことが当てはまると思うんです。一般的に,プログラマの面倒をよく見てくれる言語ほど,オーバーヘッドが大きくなる。で,そうしたプログラマの「便利」や「コダワリ」にかかるコスト(オーバーヘッド)は,ユーザの利用環境に転嫁されています。こゆところに対して頓着しない某氏は,どうしたもんだろうと思う。

某氏は Java の開発者さんで,あたしが C++ で作ったとある大規模演算ライブラリを pure Java に移植してくれないか,とか言ってきたのでした。理由は別にクロスプラットフォームに対応したい(少しだけ処理系依存の命令が入ってた)とか,特定の Java フレームワークに乗っけたいとかいった話ではなくて,「Java でやりたいから」なんだそうで……。Java みたいなモッサリ言語でやって,パフォーマンスが低下する対価は誰が払うんだろう。こんなコダワリのために,ユーザのマシンをスペックアップしなくちゃいけないなんて,それこそ本末転倒です。

ま,結局中を取って,JNI でインターフェイスを作ったんですが。

もちろん,Java そのものは,C++ よりも分かりやすいし面倒も少ない点で優れています。開発の速さや工数単価を優先する場合は,使うマシンをスペックアップしてでも pure Java で作る意味があるはずです。パフォーマンス低下に支払うコストと引き換えに,柔軟にシステムを構築できる利益を取っているわけで,多くの業務アプリはその戦略を選び取っています。けど,今回のケースは明らかにコストが高く付きすぎていました。

ま,なんつかね。人間とコンピュータの間にはギャップがあるわけで,人間がコンピュータとかかわりを持つ以上,何かしらのオーバーヘッドはかかるはずなんですね。んなもんで,こゆのは結局のところ,ギャップに伴うオーバーヘッドを最小化しつつ,コンピュータからどういった利便性を選び取るのか,といった話だったりする。個人的には,ろくな理由もないまま,開発段階でオーバーヘッドを浪費すべきじゃないと思ったりもする。システムリソースの使い方は,なるべくユーザが選べるようにすべきなんじゃないか,と。どんなもんなんだろ。

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