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ネット言論の啓蒙主義は時代錯誤なんだと思うの話

2009年03月29日

こちらの話から。なんか色々と議論があるみたい。

新聞に比べるとネット言論の質は低い――。もはや一部の新聞社幹部や研究者ぐらいしか言いそうもないことをあえて指摘してみたい。ブログやSNSに代表されるソーシャルメディアの登場によって誰もが情報を発信できるようになり、ネット上のコンテンツは膨大になった。だが、その質はネットユーザーが批判する既存メディアにとうてい及ばない現実もある。メディアを持つことで満足するフェーズはそろそろ終わりにして、質を上げる取り組みについて議論すべきではないか。

書くことの難しさ ネットの言論はなぜ質が低いか インターネット-最新ニュース:IT-PLUS

4年ほど前に「ネットと既存メディアの融合」みたいな話があったわけだけれども,こゆ話をいまだに本気で信じている人がいるのだとしたら,大問題なんだと思う。しかし,個人的な印象では,この4年間で,両者の棲み分けはそれなりに定まっているように見えるし,それぞれがそれぞれを補完しているようにも見える。緊張関係があるとしたら,以下の二点じゃないだろうか。

  • 著作権や NDA 周りといったオトナの事情
  • 視聴者の(有限な)可処分時間の奪い合い

そして,この緊張関係は,おそらく情報の質そのものとは,あまり関係がない。民主主義的な文脈に乗っかると,情報の質を向上させる手段として最も有効なのは,対抗言論を許す仕組みだと思うわけだけれども,既存のマスコミにそういう仕組みが希薄であることはもちろん,ネットにおいても議論が活発になることは珍しかったりします。ネット界隈では,議論が活発になると「揉め事」とか言われることがあるけれども,こゆ言論のあり方がむしろ本来的な言論のあり方だと思う,と。トップダウン式に作られた完成品の議論を求めるのか,ボトムアップ式に議論を構築していくかの違い。ネットの情報は後者に属するんじゃないだろうか。

その意味で,「ネットの言論の質が低い」という話は,従来と同じく口をパッカリ開けて,出来合いの情報を受け取る態度だと思うわけで,そゆとこには「それなりの情報」しか入ってこないわな,とも思う。それはそれで,「それ用のサイト」がネットにはあるわけで(ニュースサイトとか),うまい具合に棲み分けけているんでねいかな,と。

それと,これも独断的な考えだけれど,「ブロガー全体のリテラシーを向上させる」とかいった全体的=トップダウン的な考え方は,それ自体不遜だと思うし,従来的なメディア論からちっとも変わっていないとも思う。もともと「ネットとメディアの融合」とかいった話自体,不遜な考えだと思うわけで,まぁなんつかゴニョゴニョなんですが。「勝手に動員するな」とか云々。

言論のエリート主義から抜け出すのに,4年はまだ短かいといったとこだろうか。

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