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先日母親から聞いた話 - 待機児童とか共働きとか

2009年04月10日

こんなこと言ってた。なんつか,時代も変わるんだな,と。

昔は共働きの親なんて,小学校のクラスに2-3人しかいなかったのに,今は待機児童がどうとかとかいった話になってる。時代もずいぶん変わったもんだ。

うちの両親は共働きだったもんで,あたしゃ日中保育園で過ごしていました。夕方,みんなでサンバルカンを見て,それが終わった頃に親が迎えに来ていた。保育園にあずける親っつのは,大抵共働きなわけで,母親の知り合いも働いている人が多かったようです。んなもんで,子供の方も普通に,「○○ちゃんのお母さんはガッコウのセンセイで,○○ちゃんのお母さんはギンコウにオツトメ」みたいな話をしていた覚えがあります。学校の先生は多かったみたい。

一方,あたしが小学校に上がると,共働きの親はマイノリティになるわけで,それこそクラスに2-3人しかいなかったらしい。で,どうも母親は,この小学校のオヤゴサン的な雰囲気が非常に苦手だったらしく,むしろ嫌気がさしてたようなんですね。悪い意味における「主婦業ならではの発想」に,おえっとなってたんだとか……。「学校に躾を頼みたい」とかいった社会性のない言動を聞いて,「『バカかこいつ』と思った」と聞いて笑ってしまいました。しかし,こうした社会性のない発言も,当時は発言として成立しうる正当性が少なからずあったんだそうで,そゆ感覚が信じられなかったようです。

また,あたしが入った小学校は,そこらにあるのと同じ公立の小学校だったんですけれど,入学式で校長が「○○小学校は横浜市の学習院であり……」とか言ってたらしく,これにもまたおえっとなったらしい。そんなこと言ってたのか。いまだに覚えてるってのもすごいけど。

一応弁解を入れておくと,ここに言う「学習院」というのは,当の「学習院」そのものを言っているわけではなくて,当時の主婦層からみた「学習院的なもの」(ブランド)を使ったリップサービスなんですね。実際の学習院はさておき,そういうモノにブランドを感じる感覚や,それに応える校長の感覚におえっとなったんだと思います。ま,あまり弁解になってないんですが。

今では共働きも特に珍しくなくなったので,社会的な風当たりも相当弱いと思うんですけれど,当時の両親は共働きなりの辛酸というか肩身の狭さを味わったようで,今になって,うらみつらみを口にしているというわけです。ま,今は今なりのうらみつらみもあるわけなんですが。

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