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ゆとり世代はギリギリアウトの人達だと思ってたんだけれど

2009年05月04日

なんだか幸せそうな人がいたのでほっとした。つか,多分書いてる人はゆとり世代じゃないんだろうけど。

でも、わたしたちは幸運です。

わたしたちが社会に出る頃には、支配者層の世代交代が始まっています。痛みを知っている世代層が、社会の中枢を担っていきます。こうしてようやく、高度経済成長期の遺物、年功序列・大量生産・輸出型経済のような旧世代的産業構造が崩れていき、日本の社会はニッチな高付加価値製品の少量生産とサービス産業を中心とした、新しい情報化社会に適応するのです。

なんとわたしたちはタイミングよく生まれたことでしょうか。

さて、わたしたちには、もう少しアイドリングする時間があります。ただその間、「ちょっとだけ上の世代」には痛み苦しみ、時間稼ぎをしてもらうことになるでしょう。わたしたちは、その時間を使って、もうしばらく、「そこそこの努力」をしておきます。

ゆとり世代の未来が明るいただ1つの理由

「ちょっとだけ上の世代」の主張,というか「ちょっとだけ上の世代」(かなり上だが)としてのあたしの願望は,デキル人間が正当にデキルと評価され,ダメな人間が正当にダメと評価される仕組みだったりする。ダメな人間に不当な対価を支払っている現状に対するアンチなわけだから,黒いカラスを(空気を読みつつ)白いと言うような世の中は,もう二度とやってきて欲しくないと思っていたりします。また,「ちょっとだけ上の世代」の大部分は,成果主義的な傾向が強いので,既存の左翼言説とも距離を置いている。「ダメな人間もそれなりのポストにつけるべきだ」なんて議論は採用しないんじゃないだろうか。少なくとも,あたしは採用しない。

で,「ちょっとだけ上の世代」が頑張った結果,ゆとり世代がそのおこぼれにあずかって,未来を明るくすることができるかというと,非常に怪しいと思っています。だって,ぶっちゃけ生産性低そうだもん。この世代。正当に「ダメ」と評価される可能性が高い。いや,優秀な人もいるとは思うんですよ。ただ,そゆ人っつのは,世代論とは別に,いつの時代にもいる優秀な人なんだと思う。親世代はダメでも既得権益でぬくぬくと生活できたけれど,その子は掛値なしの純粋な競争社会で頑張ってもらいましょう,と。もし落伍しても,親が既得権益で得た資産を,(生活費のような形で)社会に還元してくれるなら,うちら世代としては万々歳です。

また,近頃の労働市場は流動化しているので,新卒特権のようなものにも疑問が投げかけられていたりする。つまり,ガッコウを出た後,彼/彼女らは同期だけでなく他の世代とも競うことになる,と。「ゆとり世代」が,そこで勝てる公算がどこにあるんだろう。

そんなこんなで,あたしゃゆとり世代を,生産性も政治的ボリュームも持たない「かわいそうな人達」と位置付けていたのでした。既得権益で保護されるフレームワークからギリギリ漏れた人達という意味。本人達がそう思ってないならそれでいいし,知ったこっちゃないんだけれども,「アイドリング」どころか,よっぽど大きな「助走」をつけとかないと,やってけないぞ,と思ったりする。

増田さんからすると,まんまと釣れたってな感じなんだろうけど,ま,そんな感じ。

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