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思い出したこと - 単に「バカ」とか「分かってない」とかいう人とは付き合わない

2009年07月26日

人の批判の仕方にはいろいろな方法があるとは思うんですけれど,単に「お前はバカだ」とか「お前は分かってない」とか,「お前の議論はレベルが低い」とか言ってる人とは付き合わないようにしようと思ったのでした。時間の無駄なので。サンデープロジェクトで財部がそんなことを言ってるのを見て思い出した。

なぜ時間の無駄なのか。それは,こういった批判(あたしゃ批判にすらなっていないと思うが)が,ほとんど独り言に近いからです。財部には財部の「レベル低い」の基準があると思うんですけれど,それを対話である俎上に生のまま載せられたって,なんの意味もない。つまり,「なぜレベルが低いとおっしゃるのですか?」と聞き返すのが馬鹿馬鹿しいのは,「それは私がそう思ったからです」といった返答が返ってくるのが分かるからだ,と(もちろん,オトナの返答だから,聞こえのいい表現にはなるんだろうけれども)。それを聞いちゃったら,「あ,そう」で済ますしかない。

そんなもんで,例えば政治的な議論の場合,独話に逃げ込むということは,議論を捨てて文字通りのパワーゲームに持ち込もうとしていることと等しい。

一方で,どういうわけだか,巷の経営者かぶれの平営業/評論家なんかは,この独話を連発するんだけれども,これは見ていてかなりイタい。というのも,経営者がこうした独話を吐いてもなお優位を保てるのは,パワーゲームに持ち込んでも勝算があるからなんだけれども,平営業や評論家には,そうした後ろ盾がないからです。伝家の宝刀がないのに,議論を捨てる馬鹿馬鹿しさ。それに気づいているからだろうか,こうした面々は,しきりと自分が持っていない外部的な権威を自分に取り込もうとする。「○○で講演してきた」とか「偉い○○さんとは知り合いだ」とか。こっちからすると,「へぇ」としか思わないから,取り込めてないんだけれど(空気読まないから)。

小さい頃,「バカと言う人がバカなんですよ」といった話をどこかから聞かされたことがあって(大抵聞いているだろうが),そのときは,単に悪口に対する応酬法(バカという悪口を言う人にはバカと言ってもいい)の類だと思ってたんですけど,バカかどうかはともかく,その人が対話を放棄したと看做してもいいってな意味では当たっていると思います。言葉の通じない人,言葉を通じさせようとしない人。

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