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裁判員制度が始まってつらつら

2009年08月08日

まとまった感想はないんだけれども,思ったことを少し。

裁判員制度は,市井の感覚を法廷に持ち込むものだから,裁判員に法律に関する深い知識は求められていなかったりします。しかし,一般的な質問の技術は身に付ける必要があるんじゃないかと思った。

ダメ出しというわけじゃないんだけれども,例えば,娘の遺品を「大切なもの」といった前提で質問を作ることは,普通プロはしないらしい。「そのナイフは遺品とのことですが,普段使うことはあったのですか?」といった質問(ナイフがどのような位置づけにあったのか)から入るんだとか。「遺品は大切」といった話は,おそらく多くの人に当てはまるんだろうけれども,先入観を持って質問すると適切な回答を得ることができない。裁判云々に限らず,テレビのインタビューなんかでも暗黙の価値観を前提にした質問や,欲しい回答に誘導するような質問,ひいては質問に仮託したお説教なんかがしばしば見られるんだけれども,こゆのは常識で矯正できるもんではないわけで,プロのテクニックを学ぶ機会が必要なんじゃないかと思う。

あと,結審して,裁判員が「ようやく終わった」みたいな事を口にしていたんだけれども,端的に不謹慎だと思った。これは難癖。もちろん,結審したことでその裁判員は役を解かれたわけだけれども,審理/判決によって,彼/彼女は被告人や遺族の今後の人生に介入したわけで,その判断に対する結果は裁判員のひとりひとりが,一生担わなければならないアポリアとなるべきものだろう。また,倫理的な態度を除いても,刑事事件における裁判の役割なんつのは,関係者からすればひとつの通過点に過ぎないわけで,社会的な修復はこれから始まるといっても過言じゃないんだと思う。審理は終わっただろうけど,事件は終わってない,と。そこにその言葉はないんじゃないかと思う。キツかったようなので,言いたい気持ちも分からなくはないんだけれども。

個人的に,裁判員制度が始まって注目しているのは,法律や制度の変容そのものではなくて,裁判や刑事事件に対する社会的な倫理観の変容だったりします。世の中の不条理を社会全体が引き受けて担うということに,どのような変容があるんだろうか,とか。ここでは難癖つけたけれども,個人的には思っていたよりもちゃんと進んだ印象があってびっくりしたくらい。割と早く変化が表れるのかもしれない。

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