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まだ投票してないけどもう選挙は終わった感じ

2009年08月26日

個人的に。つか,もう飽きた。

ひとつ思ったのは,財界とか医師会とか消費者団体とか宗教団体とかいった圧力団体(利益団体)が自分たちの(単純な)利益を訴えて選挙を進めても,それはそれで当然だろな話になるのに,そうした利益を背景に持っていない(と見られている)一般庶民は,自身の支持を表明するのに,総合的で重い立証責任を課されているんだなー,といったことだったりする。実際,そんなジェネラリストはいないわけで,庶民のそれぞれも自分たちの(単純な)利益を追っている。それじゃいけないのだろうか。

どっかからミサイルが飛んでくることより,自分の明日の食い扶持をまず優先して心配してはいけないのだろうか。自分の目先の利益を放棄して,あるんだかないんだか分からないもののために判断しなければならないのだろうか。国政のすべてにわたる論点を総合的に考えて,理知的に落としどころを判断しなければならないのだろうか。これはおそらく政治参加の倫理として刷り込まれているところがあるんじゃないかと思う。公共性の守備範囲は広すぎる。お釈迦様じゃないんだから,個人の個人性を抜きにして公共的な判断をするなんて,そもそも無理ってもんだろう。

この点で,そもそも論になるんですけれど,国内の選挙において,庶民一般に共通する利益を網羅的に説明できるとされていた,暗黙の仮定は今も生きているのだろうか,と考えてみる。中流的な利益は論じやすいけれども,そのようなかつてボリュームのあった暗数としての利益団体は,今も生きているのだろうか。死んでるんだったら,今,「庶民」や「国民」を語っている人は,一体何を夢見て語ってるのか,ということにもなるんじゃないだろうか。その人が口にする「日本」というのは,一体どの視点から見た日本なのだろう。

個人的には,個々人の目先の利益の集合から生まれる公共的な倫理つのもあるんじゃないかと思っていたりします。自分の生活を下手に抽象化しないで,素のまま投票したいところ。まだ,どこに入れるか決めてないんですけど。

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