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昔書いてた匿名話を掘り起こしてみた

2009年10月10日

えー……なんでまた今頃匿名話?と,半ば奇妙に思いつつも,なんか流行ってるみたいなので,昔自分がどんなことを書いていたのか掘り起こしてみました。

もっとも,これだけで済めば話は単純なんですよね。こうした話は,議論がまっとうに行なえる「場」が設定できている,ということがあらかじめ前提になっています。この点で,例えば,「繋りの社会性」といった現象を考えると,利益調整云々以前に「表現の場」をどうやって設定するのか,といった話が無視できない問題として残っちゃうと。難しい。

個人的には,あえてベタなリベラリズムを重視して,匿名表現の自由が保護する何か(民主主義?自己実現的利益?)といった話を起点にして考えたいところです。具体的には,議事録でも少し話題になっていた「マイノリティの言論」あたりがキーになるんじゃないかといった感じ。紛争はたしかに減ったけれど,それは市場のプレーヤーが少なくなったから,なんて顛末じゃ(民主主義的には)笑い話にもなりませんから。

qune: ised@glocom 第7回議事録の読後雑感

今やなつかし,ised@glocom へのリンクは切れていたんですけれど,エントリ単体としても読めると思います。なんかそれっぽいこと書いてる。

なんつか,匿名/実名の議論って,一般論/制度論を中心に問題設定する方法と,特定の個人の問題を中心に問題を展開する方法の二通りのアプローチがある感じがします。制度論は,例えば ID 制(ネットの参加者全員に ID を振る制度)の是非とか,コメントの許可制をどうしよう,とかいった話。個人を中心にした問題領域は……正直よく分からん。論者の感性で議論している気がする。いや,悪口でもなんでもなく,自分にそういう発想がないだけに議論の方向性がつかめていません。

あたしはどちらかというと前者の議論の方がしっくりきていて,3年前は割と上のような制度論も議論されていた気がします。この頃の流行は後者の話みたい。

後者の問題としては,例えば,「会社から解雇される可能性がある心配」とか「わけわからんのが現実の身辺をうろつく心配」を挙げるところもあって,たしかにそういう問題は現実に無視できません。しかし,こうした議論を設定すると,結局「その『心配』に対してどのような態度をとるのか」とかいった精神論に回収されたり,「やましいことはそもそも書くな」とかいった表現の内容にまで踏み込むようなムラ的価値観が出てきたりと,苦労の割にあまり実りがない気がしています。これ,答え出ないだろう。

特に,そもそも,表現の内容にまで言及しないと匿名/実名を議論できない種類の問題設定なんつのは,少なくとも「表現の自由」のような一般論/制度論からすると本末転倒な話なわけで,無意識に「いい表現」と「悪い表現」をより分けていることに他ならないし,そうした「いい表現」と「悪い表現」のより分け方にしても,ムラ的に「あの言論は悪い種類だよね!あの態度も悪い態度だよね!みんなそう思うよね!」と,声の大きな人が掛け声をかけてたりする,と。あほくさ。

ネット上の議論って,最近こんなんばっか。

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